『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.95

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

はやり過て、軍令に背くたからべと誡めけり, つゝいて、天王寺表に打向ふ, てゝ、小高き處に待かけたり、我兵多くは馬上にて岸端に乘出す, かた金乃半月の番指物して、味方の本多忠朝、小笠原秀政の備に衝てか, そのせ玉ふ〓といふ、權六かさねくいひけるは、かやうの事は、老功よりと, し終り、權六坐を立んとせしを呼とゝめて、著具の介副せしめたり、時に伊, あとに引ちかへて、榊原遠州より陣觸ありにれは、たゝちに權六をよひて, 若輩の申すのましならめといひ合ひたるうち、果して城方さはかしく聞, り、兼て軍令の如く三番貝にて出馬すへし、汝も粥の相伴せよとて、共に喫, えけれは、いそき用意あるへしとて、權六は其まゝ己か陣屋に歸りたる、其, なとこ抵に敵の毛利豐前守勝永、筋違に輪貫の馬標をたて、騎馬武者は大, 汝か先に申せしに違はす、敵兵いよ〳〵八尾表へ押出すよしの陣ぬれあ, 織、權六に云たよは、足下の監察實に圖に當て感するに餘りあり、されとも, く相圖の貝聲きこえたれき、則人數をくり出し、酒井忠次、榊原康勝の備に, へしと申けるに、伊織申たるは、權六さすか若氣にはやりて侍ふ、さのみい, 敵は多門前より東の方深田を前にあ, 兎かうする内、ほと〓, かゝ, 以上岡, 田家譜, 岡田, 家譜、, 家譜増, 田本、, 向フ, 天王〓二, 毛利勝永, 本多小笠, 原ノ隊ヲ, 破ル, 元和元年五月七日, 九五

割注

  • 以上岡
  • 田家譜
  • 岡田
  • 家譜、
  • 家譜増
  • 田本、

頭注

  • 向フ
  • 天王〓二
  • 毛利勝永
  • 本多小笠
  • 原ノ隊ヲ
  • 破ル

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 九五

注記 (32)

  • 879,622,56,1352はやり過て、軍令に背くたからべと誡めけり
  • 648,627,55,838つゝいて、天王寺表に打向ふ
  • 532,621,56,1929てゝ、小高き處に待かけたり、我兵多くは馬上にて岸端に乘出す
  • 300,619,56,2192かた金乃半月の番指物して、味方の本多忠朝、小笠原秀政の備に衝てか
  • 1807,630,58,2204そのせ玉ふ〓といふ、權六かさねくいひけるは、かやうの事は、老功よりと
  • 1111,621,57,2214し終り、權六坐を立んとせしを呼とゝめて、著具の介副せしめたり、時に伊
  • 1459,622,57,2220あとに引ちかへて、榊原遠州より陣觸ありにれは、たゝちに權六をよひて
  • 1693,619,56,2218若輩の申すのましならめといひ合ひたるうち、果して城方さはかしく聞
  • 1227,619,58,2217り、兼て軍令の如く三番貝にて出馬すへし、汝も粥の相伴せよとて、共に喫
  • 1575,627,59,2208えけれは、いそき用意あるへしとて、權六は其まゝ己か陣屋に歸りたる、其
  • 415,619,58,2213なとこ抵に敵の毛利豐前守勝永、筋違に輪貫の馬標をたて、騎馬武者は大
  • 1343,619,56,2210汝か先に申せしに違はす、敵兵いよ〳〵八尾表へ押出すよしの陣ぬれあ
  • 996,618,55,2209織、權六に云たよは、足下の監察實に圖に當て感するに餘りあり、されとも
  • 763,620,57,2208く相圖の貝聲きこえたれき、則人數をくり出し、酒井忠次、榊原康勝の備に
  • 1926,639,56,2186へしと申けるに、伊織申たるは、權六さすか若氣にはやりて侍ふ、さのみい
  • 648,1697,55,1131敵は多門前より東の方深田を前にあ
  • 880,2195,54,632兎かうする内、ほと〓
  • 534,2709,52,107かゝ
  • 910,1993,40,182以上岡
  • 865,1996,42,183田家譜
  • 562,2564,39,117岡田
  • 518,2569,41,118家譜、
  • 676,1486,42,185家譜増
  • 634,1489,40,121田本、
  • 642,250,34,71向フ
  • 682,249,40,159天王〓二
  • 464,249,42,169毛利勝永
  • 423,246,39,170本多小笠
  • 378,247,40,164原ノ隊ヲ
  • 334,247,39,70破ル
  • 198,685,44,340元和元年五月七日
  • 199,2412,42,80九五

類似アイテム