『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.441

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首を得たり、忠成これを實檢に備ふ、凱旋のゝち、めされて台徳院殿につか, へたくまつり、御書院番に列し、そのゝち御膳番をつとむ、, 竝息駿河守手ニ相加り在陣、同年五月七日、右馬允、并駿河守、朝倉仁左衞門, と、鐙を並へて馳來な、在重えつるの指物さしたる武者と鎗をあはせ、その, 元和元年乃御陣にも扈從し、, 五月七日乃合戰に首二十七級を得たり、, 慶長二十卯之年、權現樣、台徳院樣大坂御退治之時、仁左衞門者、牧野右馬允, 敵兵白母衣をろけ半月の出しさしたる武者、えつるのさし物させし武者, 天王寺表え竝〓馳向、于時從大坂城中白母袋有ル半月之出指物差たる武, 〔寛政重修諸家譜〕, 〔寛政重修諸家譜〕, 野駿河守忠成に屬し、五月七日惣攻のとよ、天王寺表に馳むかふ、このとき, 祖父, 〔譜牒餘録後編〕, 元和元年大坂御陣のとを、牧, 朝倉石見守由來書但前之名仁左衞門, 朝倉在重, ○岡山方面ノ戰況、其十九牧野忠成竝ニ其組, 牧野忠成, 衞門, 朝倉小左衞門, 駿河, 仁左, 十七, 三百六, 六百六, 十四, 二十御書院番九番荒川出羽守組, 守, 二十, 衞門, 牧野忠成, 朝倉在重, 組, 朝倉仁左, 元和元年五月七日, 四四一

割注

  • 衞門
  • 朝倉小左衞門
  • 駿河
  • 仁左
  • 十七
  • 三百六
  • 六百六
  • 十四
  • 二十御書院番九番荒川出羽守組
  • 二十

頭注

  • 衞門
  • 牧野忠成
  • 朝倉在重
  • 朝倉仁左

  • 元和元年五月七日

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  • 四四一

注記 (37)

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