『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.959

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にて、寄手城中に亂れ入て候へは、是非なく自害仕るなり、母人の御事もよ, にあらす、其方深手をおひたれは、自害なとを仕損して、もし寄手に首をと, りらいて、みつから自害とは兼て心得侍れは、かならす〓期を取みたす事, られんも覺束なし、先其方か切腹を見て、みつから安堵して自害せん、早く, もや關東より御たすけは有たし、はやく御自害とすゝめたれは、正榮うち, 嵯峨源氏渡邊, 背中へ四五寸つきぬきて、うつふきになりてそはてにたり、正榮今は心安, 仕れと有たれは、内藏介、母の御慈悲有かたし、然らは御先へ參らんといひ, もあへす、持たる刀をさか手に取直して、腹につきたてきるまてに及はす, す、こはれ權兵衞守か父なりといふ、舊家嵯峨源氏渡邊兵九郎精, かふ、其男内藏助糺、豊臣秀頼に仕へ、秀頼生害乃とき、大坂にをいて自殺, くして、頓てのんとに刄をつきたて、母子同し枕に死にたり、, きなから本丸に來り、母の正榮に見參していふ屋う、既に君の御運是まて, 家傳に、先祖渡邊出雲守告山城國に住し、其子宮内少輔昌、豐臣太閤にに, 〔寛政重修諸家譜, 元和元年五月七日, 千三百, 十四, ○下略、秀頼自, 殺セントスル, コト二, ならす, 係ル、, 今子孫詳, 系圖, 渡邊糺ノ, 九五九

割注

  • 千三百
  • 十四
  • ○下略、秀頼自
  • 殺セントスル
  • コト二
  • ならす
  • 係ル、
  • 今子孫詳

頭注

  • 系圖
  • 渡邊糺ノ

ノンブル

  • 九五九

注記 (27)

  • 1828,648,60,2212にて、寄手城中に亂れ入て候へは、是非なく自害仕るなり、母人の御事もよ
  • 1478,650,59,2216にあらす、其方深手をおひたれは、自害なとを仕損して、もし寄手に首をと
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