『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.103

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アン明石掃部の爲めに破壞せられたり、, 神なりしも、其の子息を保護する能はざりきと云へり、, りも、寧ろ偶像教の爲めに戰ひしものにして、内府樣も、屡太閤樣は戰爭の, 供するに至りたるならん、されば一般の評に依れば、秀頼は帝國の爲めよ, 此くして偶像及び各派の信用は地に墜ち、無數の社寺は破壞せられたり、, 由來頗る古く、且有名なるもの三處あり、千年以來存續し、佛の教の第一の, り、或は遠からず坊主の勸告に從ひ、基督教と、其の教師及び信徒を犧牲に, 記念建築たる天王寺、秀頼の守護神を奉祀せる天神、及び建立以來九十年, に及べる住吉是なり、此等の建築物は、すべて秀頼の部將の一人たるジョ, 近に於て、社寺の破壞せられしもの二百に及べり、此等の内には、帝國にて, 大坂のみにても、壯麗なる社寺のみなりし一町は灰燼に歸し、堺竝に其附, を費せり、秀頼は僞の神々に、多大の希望を囑し、其の託宣に依て事を行へ, 元和元年五月八日, annexe 31., 一〇三, annexe 31.

  • 元和元年五月八日
  • annexe 31.

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  • 一〇三
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注記 (16)

  • 648,638,55,1218アン明石掃部の爲めに破壞せられたり、
  • 1468,635,59,1660神なりしも、其の子息を保護する能はざりきと云へり、
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