『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.280

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り、大阪御陣に至り、御生涯の間大小の御合戰四十八度とかや、中にも小牧, 似たる故に衆口喧し、其所以は、一旦寛仁を以て、飽迄大阪を宥られ、夫にて, 迚も、偏に虎狼を養ひ置くに等し、爰に於て大御所の思召を恐察し奉るに, 東に於て、色々御商議有て、將軍の御嫡女を大阪へ御入輿有り、親縁を結れ, て、今四海一つに歸するに至る、而るに肝要の終の御一戰、淳潔ならざるに, 御齡既に懸車を超させ給ひ、御餘命旦夕に迫らせ給ふ處に、大阪如斯なら, めさせられ、大阪の夥敷金藏を減ぜん事を欲し給ひ、夫より段々御難題を, 長久手の義戰は勿論、其他一度も非義の御一戰なし、故に賢了の御名貫き, 議有て、夏御陣には容易に攻潰し給ふ、屡是を鑒るに、抑神君御少壯の頃よ, んには、薨去以後、江戸大阪の鉾楯必定なり、左有らば再び戰國となるべし、, 御因有に、表は許諾の體にて、心裏は聊解給はず、敵の女なりとて、御入輿後、, 不如御在世の内に、大阪を御絶し可被成と御思惟有て、先大佛殿再興を勸, 以て大阪を惱まされ、竟に御鉾楯と成て、猶其上にも、御和平堀埋等の御調, 別段に差置れ、秀頼對面も無き樣子なれば、此上如何程寛仁の御執計ひ有, も不伏時は、何かは憚らせ給ふべき、唯尋常の御鉾楯にて、大阪を攻屠り給, 秀頼ト千, 姫ノ間柄, 元和元年五月八日, 二八〇

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  • 秀頼ト千
  • 姫ノ間柄

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  • 二八〇

注記 (19)

  • 619,627,68,2225り、大阪御陣に至り、御生涯の間大小の御合戰四十八度とかや、中にも小牧
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