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に附られ, 云が如くにて、死兵六七萬には對し難し、其上城は日本無雙の名城なり、爰, 國通路の驛宿のごとく、秀頼公の威は有て無が如し、淀殿是を深く妬み憤, く熾にして、日本の群牧是に阿諛して他を顧る事なし、適太閤恩顧の大名、, ませられ、天下の〓客貴族の禮を以て、結構に會釋給へ共、淀殿は御夫人の, を以て一旦御和平堀埋等色々御手立有しなり、去ながら攻守三十萬に餘, せ給ひても、物毎大に不足する上に、關東の猛威、夜に増日に増し、目ざまし, 關東參勤往來の序に、大阪へ立寄り、秀頼の機嫌を伺ふも有れども、夫は十, て、再び國家の復せんことを諸寺諸社へ祈誓せらるゝの外他なし、故に關, 兵はなし、畢竟軍役にて出たるなれば、世諺に云る町役并歩に指れたると, が一にして、多くは乘打して舊恩を忘る人不少、さしも繁榮の大阪、今は東, 事、秀頼公はいまだ少弱にて、太閤の時勢に傚ひ給へば、如何程結構に會釋, る大兵と云といへども、關ケ原御陣に比しては小事なり、抑關ケ原の後、關, 秀頼公の官加階も、將軍家と等く、二位右府に進, 圍む、是又古來無雙の事なれども、寄手假令何十萬も有れ、心に戰を持たる, 東よりは、尤和平の思召にて、攝河泉に於て七十萬石の貢税を、大阪の賄料, 永夜茗談には四, 十餘萬石と有、, 寄手ニ戰, 意ナシ, 今無雙, 關ケ原陣, キコト古, トノ比較, 兵數ノ多, 元和元年五月八日, 二七九
割注
- 永夜茗談には四
- 十餘萬石と有、
頭注
- 寄手ニ戰
- 意ナシ
- 今無雙
- 關ケ原陣
- キコト古
- トノ比較
- 兵數ノ多
柱
- 元和元年五月八日
ノンブル
- 二七九
注記 (27)
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