Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
れば爰に略す、, 最賞すべし、長曾我部是に次べし、委は浪速全書に在り、, るゝ、子細は織田三七郎信孝切腹の時の辭世の歌に, 昔より主をうつむの野間なれは報ひを待や羽柴筑前, 城中純粹なる者は、眞田左衞門佐、後藤又兵衞、少ながら木村長門守は頗る, 大坂にて秀頼生害は、五月八日なれとも、豐臣家の亡たりと云は七日なり、, と讀置れたるとの義は、其時分から我等なとは聞及居たる事なるに、此度, 成り、奸臣と惡まれし大野は、秀頼公生害の供をしたり、可否の區論事長け, し、壯強の年に至りなば、いかなる忠良にや有けん惜し、又落城前に東軍の, 仕合よく別條なきか如く有之候ても、子孫に至て報ひは遁れすとおもは, 魁を切崩せしは毛利豐前守、御本陣を襲しは眞田なり、此毛利眞田が驍勇, 野間の内海にて信孝切腹と云も五月七日なり、不思儀なる事にてはなき, 英雄なり、中にも盟使の始末、古今獨歩たるべし、吁不幸にして生涯の美短, 恩を得たる主人には、主の子供なとへ、つらくあたりたき者は、しとへ當分, 大坂御陣以後、駿府にて、或時御近習衆へ仰聞られ候は, 〔阪役叢話, 七十, 四, 康ノ談, 大坂敗軍, ニツキ家, 元和元年五月八日, 二八二
割注
- 七十
- 四
頭注
- 康ノ談
- 大坂敗軍
- ニツキ家
柱
- 元和元年五月八日
ノンブル
- 二八二
注記 (23)
- 1692,629,53,421れば爰に略す、
- 1104,627,63,1662最賞すべし、長曾我部是に次べし、委は浪速全書に在り、
- 635,633,64,1580るゝ、子細は織田三七郎信孝切腹の時の辭世の歌に
- 518,698,65,1651昔より主をうつむの野間なれは報ひを待や羽柴筑前
- 1570,616,69,2227城中純粹なる者は、眞田左衞門佐、後藤又兵衞、少ながら木村長門守は頗る
- 282,634,71,2234大坂にて秀頼生害は、五月八日なれとも、豐臣家の亡たりと云は七日なり、
- 400,638,70,2223と讀置れたるとの義は、其時分から我等なとは聞及居たる事なるに、此度
- 1807,617,66,2223成り、奸臣と惡まれし大野は、秀頼公生害の供をしたり、可否の區論事長け
- 1336,624,67,2215し、壯強の年に至りなば、いかなる忠良にや有けん惜し、又落城前に東軍の
- 752,627,63,2227仕合よく別條なきか如く有之候ても、子孫に至て報ひは遁れすとおもは
- 1219,623,66,2226魁を切崩せしは毛利豐前守、御本陣を襲しは眞田なり、此毛利眞田が驍勇
- 164,637,69,2217野間の内海にて信孝切腹と云も五月七日なり、不思儀なる事にてはなき
- 1452,624,69,2221英雄なり、中にも盟使の始末、古今獨歩たるべし、吁不幸にして生涯の美短
- 869,631,66,2222恩を得たる主人には、主の子供なとへ、つらくあたりたき者は、しとへ當分
- 987,1204,65,1657大坂御陣以後、駿府にて、或時御近習衆へ仰聞られ候は
- 964,590,100,331〔阪役叢話
- 1017,1002,38,104七十
- 973,1001,39,35四
- 940,256,43,129康ノ談
- 1029,257,42,169大坂敗軍
- 988,263,37,165ニツキ家
- 1920,689,48,337元和元年五月八日
- 1932,2425,46,116二八二







