『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.560

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よりて疑を闕〓記さす、しはらく其異同を載く參考に備ふ、, 大坂陣記事〕家臣伊奈廣俊覺書、, か事別〓氣の毒ニ候まゝ、上方邊欠國も候はゝ、所替も致させ、段々御前ニ, はしめ賜はりし三百石の地は、廣宣とゝもにおさめられしかことし、か, 蟄居の事をいはす、これ其傳を失すなもの歟、殊に釆地乃數によりても、, た〳〵彼説にしたかふたしといへとも、今彼をもつて是を補ひかたし、, 勝か軍事に鍛錬なよをもつて、仰により參陣し、元和元年乃秋、下總國海, 召、以來御取立可被遊旨上意ニて御座候、, 成御咄しに、今日於御前上意ニは、遠江義も、殊外勝手難儀之由聞及たり、彼, 大坂御陣前の事にや、加藤主計頭殿國元え御暇出候節、御屋敷え御見廻被, 上郡にをいて、各三千石を賜ふといふ、廣宣の事蹟これとおなしくして、, 秀忠樣御前へ康勝被召出候、本多佐渡守殿御挨拶、今度遠江守は大坂表數, 多く召連、其上軍法等、康政如時神妙申付、殊遠江守は、手前も不自由ニ被聞, も御苦勞ニ可被思召之旨被仰聞候、定〓宜所え近内國替も可被仰聞候、末, 〔見聞隨筆〕一加藤清正か咄之事, 於江戸, }, 元和元年五月二十七日, ○中略、大坂和談二ヨリ、家康, 秀忠凱祚ノコト二カヽル、, 榊原, 家, 財政不如, ノ内命, 榊原家ノ, 康勝所替, 意, 五六〇

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  • ○中略、大坂和談二ヨリ、家康
  • 秀忠凱祚ノコト二カヽル、
  • 榊原

頭注

  • 財政不如
  • ノ内命
  • 榊原家ノ
  • 康勝所替

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  • 五六〇

注記 (28)

  • 1244,698,57,1802よりて疑を闕〓記さす、しはらく其異同を載く參考に備ふ、
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