『大日本史料』 12編 21 元和元年六月~同年閏六月 p.397

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田三成等謀反のきこえあなにより、台施を西にめくらさる、よりて高晴, 直政を御先勢とし〓つかはさるゝのあひた、諸事直政か申む手にした, 阿彌と示しあはせ、桑名城をせむ、氏家敗北して城を退去す、よりて殘兵, も御先をうぎた而はりて、所領伊勢國にかへな、八月八日、井伊兵部少輔, 大夫正則とゝもにしたかひたてまつり、下野國小山にいた〓、ときに石, 尾張國海東郡花正庄に生な、のち豐臣太閤につかへ、伊豫國のうちにを, い〓五千石をたたひ、犬山九州小田原朝鮮等の役に供奉し、軍功をあら, かふ〓し、かつ證人のこと領掌よろこひおほしめすのむ手御書を下さ, 〓、二十三日、米津清右衞門某を下のなゝにより、また御書をた而ふ、のち, 多郡十万石を支配す、慶長五年、東照宮、上杉景勝御征伐のとき、兄左衞門, 桑名の城主氏家内膳正某、三成にくみし、近國の諸將と戰ふ、高晴、山岡道, はす、文祿三年、伊豫國桑名郡長島城をたあはり一万石を領し、尾張國智, 高晴福島市兵衞正信か二男、母き豐臣太閤秀吉の伯母木下氏、天正元年、, 忠政, 赦免あり、, 元和元年閏六月二十五日, 助六郎, 初忠良、, 高晴ノ履, 歴, 元和元年閏六月二十五日, 三九七

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注記 (22)

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