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か乃趙苞か故事を引て答へ奉りしか、只今わすれかたくて、すゝ抵に袂を, いたすといすは、い〓れかまされるといふ評論あるへしと仰ぎるに、余も, 〓きなり、なをさりにて〓と、忠孝たちかたし、親には力をつくし、君にて身を, 石を知行す、元和元年、大坂御陣のとき、近江國守山の驛にをいて、長坂六, 兵衞信時、伊丹彌藏勝久とおなしく、上總介忠輝朝臣の前を乘うちせし, 竭其力、能致其身とある所を、み〓から御讀ありて、能といふ字に心をつく, かは、其無禮を咎められ、彼家臣等に討る、年十七、, 八月四日、大相國二條乃御所を出御ありて、翌日此所に着せ給, ふ、其日より打續き雨ふりきれは、三日逗留まし〳〵〓よに、夜更れまて御, 前に余も侍りし時、學而の篇をよめと仰きれは、跪ひらきはん〓りしに、能, 去歳, 富士信重, 信友母は某氏、台徳院殿につかへたてまつり、御小性をつとめ、釆地四百, 〔丙辰紀行〕水口, 〔寛政重修諸家譜〕, せらる, 信友, 又市郎、, 三百七, 衞門, 與四右, 十九, 元年, 市兵衞、, ○元和, 信友, 語解釋, 家康ノ論, 富士信友, 元和元年八月五日, 四二三
割注
- 又市郎、
- 三百七
- 衞門
- 與四右
- 十九
- 元年
- 市兵衞、
- ○元和
- 信友
頭注
- 語解釋
- 家康ノ論
- 富士信友
柱
- 元和元年八月五日
ノンブル
- 四二三
注記 (31)
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