Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
觸たれは、家康公の御威勢甚したれは、諸國の大名皆々家康公之御味方に, 屬す、去共諸國之大名此身ハ東國方ニ付たれ共、家臣之内ニも名有ものを, 不及、仙北ゟ木曾路へ懸り、上方へ登りたり、秀頼公御感有、則利直公は家康, 返し、熟〳〵と思ふに、山に見違砂金を振捨行んも口惜し、又此金大切と思, 分忠を盡申へしと宣て、御馬百疋鉛とう藥其外武具少々被遣、黄金ハ申ニ, 飛脚ニ〓、北氏方へ右之通を被仰遣たれは、北氏聞て、畏て候とて、御飛脚を, 左衞門は盛岡指て急きたり、盛岡ニ來りにれは、利直公宣たる樣は、今度上, 方之一亂に依〓、汝を上方へ遣なり、隨分身を忍ひ影を隱し、大坂え登り、隨, ふて、此方に止も不忠なりと思ふて、右之金を穴へ埋めて塚に築、上に柳を, 利家公之御返事に、東國方威勢強候間、一旦家康公へ付玉へとの御返事な, ニ〓、秀頼公諸客人を集て亂逆を企て玉ふ、江府ニ〓ハ、家康公諸國へ軍勢, れは、利直公も實ニもと思召、江戸方へ御登被成候御志なり、其時鹿角へ御, 植て、其處にて人足共あ他言すへきを惜て、一々百人計是を成敗す、夫ゟ十, 餘多大坂へ遣したる、利直公も、加賀利家公へ御使者を以御相談有にるに, 盛岡へ内通すれは利直公も御悦不斜、然る處に慶長十九年の秋の頃、上方, 衞門ヲ大, 利直十左, 坂ニ遣ス, 元和元年是秋, 六二一
頭注
- 衞門ヲ大
- 利直十左
- 坂ニ遣ス
柱
- 元和元年是秋
ノンブル
- 六二一
注記 (20)
- 1698,647,59,2196觸たれは、家康公の御威勢甚したれは、諸國の大名皆々家康公之御味方に
- 1583,641,58,2207屬す、去共諸國之大名此身ハ東國方ニ付たれ共、家臣之内ニも名有ものを
- 303,642,57,2208不及、仙北ゟ木曾路へ懸り、上方へ登りたり、秀頼公御感有、則利直公は家康
- 1001,642,58,2213返し、熟〳〵と思ふに、山に見違砂金を振捨行んも口惜し、又此金大切と思
- 418,644,59,2194分忠を盡申へしと宣て、御馬百疋鉛とう藥其外武具少々被遣、黄金ハ申ニ
- 1117,641,59,2208飛脚ニ〓、北氏方へ右之通を被仰遣たれは、北氏聞て、畏て候とて、御飛脚を
- 650,642,59,2206左衞門は盛岡指て急きたり、盛岡ニ來りにれは、利直公宣たる樣は、今度上
- 535,645,59,2207方之一亂に依〓、汝を上方へ遣なり、隨分身を忍ひ影を隱し、大坂え登り、隨
- 884,646,58,2205ふて、此方に止も不忠なりと思ふて、右之金を穴へ埋めて塚に築、上に柳を
- 1349,645,59,2202利家公之御返事に、東國方威勢強候間、一旦家康公へ付玉へとの御返事な
- 1814,655,61,2196ニ〓、秀頼公諸客人を集て亂逆を企て玉ふ、江府ニ〓ハ、家康公諸國へ軍勢
- 1233,652,59,2201れは、利直公も實ニもと思召、江戸方へ御登被成候御志なり、其時鹿角へ御
- 767,641,60,2208植て、其處にて人足共あ他言すへきを惜て、一々百人計是を成敗す、夫ゟ十
- 1466,644,59,2216餘多大坂へ遣したる、利直公も、加賀利家公へ御使者を以御相談有にるに
- 1930,646,61,2204盛岡へ内通すれは利直公も御悦不斜、然る處に慶長十九年の秋の頃、上方
- 1004,272,40,171衞門ヲ大
- 1047,275,41,170利直十左
- 960,272,41,166坂ニ遣ス
- 200,710,45,256元和元年是秋
- 201,2440,41,101六二一







