『大日本史料』 12編 22 元和元年七月~同年九月 p.622

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公之被召連蝦共大ニ驚、後去に去程に七八丁も去りたん、備亂れたれは、櫻, も成、山城の國伏見の内茨木と云所に陣を張て、後詰有、大坂ニて戰は夥敷, 庭安兵衞下知して本の備へ加るといへ共、動もすれは後去に去んとす、誠, 城中え之歸忠之者有哉、陣中詮儀仕との事ニて、くわしく尋たれ共、一人だ, 事なし、夫ゟ上り玉へて海道へ赴玉へは、皆力を失へ歸りたり、軈て上方ニ, 相違無之、右之通御使者ニ被仰遣候といへ共、跡に〓御分別有たるき、若右, つも空矢有されは、東軍の軍兵此矢を見る、南部十左衞門と銘有不思義ニ, に夷は武者とは聞たれ共、鐵炮に驚きたる程なれは、常之人ニは劣たる、是, 思ひて利直公え被仰遣たるは、利直公御返事ニ、左樣之者此方には不存、若, 玉ふ、軈て北上新山を御船に被召登玉へは、諸家中の妻子跡を慕て落〓止, 扨置大坂方ニは、十左衞門手勢十人弓の上手勝て、同矢を負を、躬付の節の, 元に、南部左衞門と墨染ニて書付して、方々の備へ加り、此彼ゟ射たる矢一, 公の御催促に依て、十一月の頃御登、其時田名部松前方ゟ蠻を餘多召連登, 之事知るならは、後難如何と思召、御使者にて被仰遣たるは、南部十左衞門, 共言は愚なり、數日を隔てし伏見迄鐵炮石火矢の音間近く聞たれは、利直, ヲ徴ス, 利直軍中, ニ蝦夷人, 元和元年是秋, 六二二

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  • ヲ徴ス
  • 利直軍中
  • ニ蝦夷人

  • 元和元年是秋

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  • 六二二

注記 (20)

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