『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.579

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と幸來り候と申事を、大黒の心を、形に顯し作り候ひて、人の教と仕候と, りを知りしる人、稀に候と申上にれき、家康公聞召れ、仰られたるは、大黒, に、世間に大黒と申神を、福乃神とて、人々祝祭り候得共、曾而福の神乃理, 夜、彼兩人徳川家康公の御館へ參り、御咄に罷出、色々の咄を申上きる内, 申上々れは、家康公被聞召、一段尤なり、左も有〓き事なり、むかしより五, 黒の形は、眉を高く作り、其上に頭巾を著申候、是そ誠乃大黒の心なりと, にかやう乃理りある哉と御尋有たれは、曾呂利申上けるは、去れき大, 申候、子細は眉を高く作り、其上に頭巾をかふらせ候へは、おのつから、上, の事を見申さす候、左候へは奢りの心無御座候、一分を守り候得は、自然, せ參らせ度事也、及はぬ下々ニ至迄、ケ樣之名將之御噂を承置なは、又又, 時節を待給、御億意誠に名將之類すくなき御智惠成へし、若き大將に聞, し〳〵て、大躰をはうつき給ふ〓くニ、秀吉公の兒玉ふ〓く仕成給ひて, 重〓之大將之家風を見知〓き、, 一慶長の頃、豐臣秀吉公の御咄の者に、曾呂利、伴内といふ兩人の者あり、或, 〔雨夜の友〕, 元和二年四月十七日, 二利發者, ト思ハレ, ザラン事, ノ理ヲ説, 家康秀吉, 家康大黒, ヲ希フ, 元和二年四月十七日, 五七九

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  • 二利發者
  • ト思ハレ
  • ザラン事
  • ノ理ヲ説
  • 家康秀吉
  • 家康大黒
  • ヲ希フ

  • 元和二年四月十七日

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  • 五七九

注記 (25)

  • 397,733,62,2158と幸來り候と申事を、大黒の心を、形に顯し作り候ひて、人の教と仕候と
  • 988,727,59,2168りを知りしる人、稀に候と申上にれき、家康公聞召れ、仰られたるは、大黒
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