『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.289

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

しき事也、急き立退給ふへし、是は黒岩治部左衞門と申者也、味方をは防き, 左衞門、ケ樣々々の次第也、士は互の事遁し給へと申けれは、黒岩殿の情鬼, 大勢追懸來を、黒岩道に欠防り、此者をは某り討取たり、近付へからすと申, 方なけれは船に乘て退たりける、爰に六七騎落行武者有、土佐勢是を見て、, 父に對面致させ度候、若所望叶間敷におゐては、某か首を召れ候へとしほ, るに老父大病を請、必死の床に臥て、露命只今をも知候はす、式部討れて候, けれは、追手の者共、是は如何成子細そと、あきれて一度に立留る、時に治部, 候、式部いまた幼少に候へ共、此戰場に罷向ひ候所に、斯敗軍に及ひ候ぬ、然, 我も〳〵と追懸る、中にも黒岩治部左衞門逸足を出して、眞先に欠出、遁す, 候へし、御心易かれと申けれは、彼武者喜ひ、手を合てそ落行ける、斯る所に, ましと呼はれは、武者一騎急き馬より下、鎗を伏、道に跪て待居たり、治部左, 衞門あやしく思ふ所に、彼武者申樣、是は志渡式部か家臣何某と申者にて, はゝ、武士の習とは申なから、さこそ悲候へし、哀一命を助給はり、今一度老, 森本儀太夫、小林隼人は弓手に當り妻手に翔て、爰を先途と戰へ共、續く味, 〳〵として申けれは、黒岩も流石に覺て、神妙にも申されたる物哉、實痛は, 左衞門ノ, 黒岩治部, 慈悲, 天正十一年四月二十一日, 二八九

頭注

  • 左衞門ノ
  • 黒岩治部
  • 慈悲

  • 天正十一年四月二十一日

ノンブル

  • 二八九

注記 (20)

  • 719,586,77,2207しき事也、急き立退給ふへし、是は黒岩治部左衞門と申者也、味方をは防き
  • 250,577,80,2211左衞門、ケ樣々々の次第也、士は互の事遁し給へと申けれは、黒岩殿の情鬼
  • 490,581,75,2213大勢追懸來を、黒岩道に欠防り、此者をは某り討取たり、近付へからすと申
  • 1768,592,75,2231方なけれは船に乘て退たりける、爰に六七騎落行武者有、土佐勢是を見て、
  • 952,590,79,2205父に對面致させ度候、若所望叶間敷におゐては、某か首を召れ候へとしほ
  • 1182,590,78,2214るに老父大病を請、必死の床に臥て、露命只今をも知候はす、式部討れて候
  • 369,584,75,2209けれは、追手の者共、是は如何成子細そと、あきれて一度に立留る、時に治部
  • 1301,589,79,2215候、式部いまた幼少に候へ共、此戰場に罷向ひ候所に、斯敗軍に及ひ候ぬ、然
  • 1650,591,78,2217我も〳〵と追懸る、中にも黒岩治部左衞門逸足を出して、眞先に欠出、遁す
  • 601,582,79,2206候へし、御心易かれと申けれは、彼武者喜ひ、手を合てそ落行ける、斯る所に
  • 1534,591,75,2215ましと呼はれは、武者一騎急き馬より下、鎗を伏、道に跪て待居たり、治部左
  • 1417,587,78,2210衞門あやしく思ふ所に、彼武者申樣、是は志渡式部か家臣何某と申者にて
  • 1065,596,82,2204はゝ、武士の習とは申なから、さこそ悲候へし、哀一命を助給はり、今一度老
  • 1886,591,74,2217森本儀太夫、小林隼人は弓手に當り妻手に翔て、爰を先途と戰へ共、續く味
  • 833,597,76,2190〳〵として申けれは、黒岩も流石に覺て、神妙にも申されたる物哉、實痛は
  • 1692,229,40,162左衞門ノ
  • 1737,232,40,169黒岩治部
  • 1649,227,40,84慈悲
  • 169,655,44,473天正十一年四月二十一日
  • 154,2396,40,119二八九

類似アイテム