『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.649

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今の御紋の莖の左へ曲れるを云なるへき歟、, 上州厩橋妙安寺, るこはと、いくそはくといふを知らす、百千の數をもてかぞふ〓きに至れ, 其地名に朝臣を稱し給ひし事き、中古なき事なり、賀茂朝臣の事は、別に, 以後用ひさせ給へると同し、, なし給へる事は、其居所を其まゝ用ひさせられけれと、いまだ姓として, り、然れども其品々に、御諱を彫付て給へりしき、一品もなし、「、又右數千, 別に故ある事にて、昔より大小の武將、其領する國名、郡名、村名を苗字に, め、并三河まで、御祈願御菩提のため、諸宗の寺院へ御寄附の品々現存せ, 予御姓氏考一卷にのふれは、こゝに略す、此書にいへな葵鞆繪とあ多も、, 御由緒の事き、いかにも妙安寺より書上なことくにて、京東本願寺本堂, 裏に、家康寄附と彫附しもあり、御紋き悉く當今の〓く、輪内に充滿し、享保, 奏し奉れりとて、神祖より御寄附と號せる品々數多あり、中にも其器物の, の祖師も、當寺より命によりて送置といへど、御寄附の器、并御紋等き、右, の古緒を勘へ、近來いつとなく僞造せしもの歟、そのゆゑき、當山をはじ, は、本多佐渡守正信の母の菩提所にて、正信も執, 元和二年四月十七日, 本願寺末, 一向宗、東, 家康ガ寄, 附セリト, イフ器物, 妙安寺ニ, ノ紋, 元和二年四月十七日, 六四九

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  • 本願寺末
  • 一向宗、東

頭注

  • 家康ガ寄
  • 附セリト
  • イフ器物
  • 妙安寺ニ
  • ノ紋

  • 元和二年四月十七日

ノンブル

  • 六四九

注記 (26)

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