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はせ給ひしに、病床ちかく海師をめし、法華止觀の深義、山王神道の玄旨を, ○幕府、板倉重昌等ヲ遣シテ、故家康ノ爲ニ神號ヲ奏請スルコト、六月十, 足攝津國阿威に葬しく、一囘を過し、多武峯に遷殯せしとなん、彼例にまか, 王一實の神道をうけ、子孫の延久をみそなはん事、偏に海師の厚恩、報して, いよ〳〵きはめ給ひく乃給ひけるは、我久しく天が下を掌に握り、世を嗣, 子にをづり、よはひ七旬にあまれば、何事もこゝろにのこる事なし、殊に山, せ、わかなたからを、まづ久能山に置、一囘して日光山に遷殯すべしと、くは, もなを餘有、傳聞大織冠は藤氏乃宗廟にして、今に其ぞうさかへ給へり、鎌, 〔兩大師傳記〕慈眼さて元和二年のむ月乃十日あはりより、神君わづら, 一日ノ條ニ、神號勅許ノ勅使江戸ニ赴クコト、九月十六日ノ條ニ見ユ、, しく海師に仰ける、かく程なく、薨ぜさと給ひしに、南禪寺の僧崇傳和尚, といへる、本多上野介藤原正純をかたらひ、吉田の庶流にて、宗源の神道を, 六月六日金地院, 六月六日, 板伊州樣尊報, 參考〕, 金地院, 例ニ傚ヒ, 日光山改, 峯改葬ノ, 鎌足多武, 院梵舜ト, 崇傳本多, 家康藤原, 葬ヲ天海, 正純神龍, ニ遺言ス, 結ビ家康, 元和二年五月三日, 一八
頭注
- 例ニ傚ヒ
- 日光山改
- 峯改葬ノ
- 鎌足多武
- 院梵舜ト
- 崇傳本多
- 家康藤原
- 葬ヲ天海
- 正純神龍
- ニ遺言ス
- 結ビ家康
柱
- 元和二年五月三日
ノンブル
- 一八
注記 (30)
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