『大日本史料』 11編 17 天正13年7月 p.94

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紙金泥の法華經、三には小狐の太刀なり、此小狐の太刀と申は、菅丞相百千の雷とな, 倉に住して、朝敵をやすくしたかへられしも此かまの威とかや、天子には三種の神器有、, 神にいはひ、ほり埋し所を則鎌倉山と號すとうけ給はる、しかれは入鹿か首をきられし, 太刀を小狐の太刀とは申侍る、この三寶當家に今に所持するところなり、其方には御座, り、朝庭をうらみ奉り、本院の時平公を殺し、晝夜雨風やます、おそろしありし比のな, にておはすと答へ給ひけれは、程なく神もなりやませ給ひ、雨もはれ侍しとなり、其御, 給ひ、今曰の番神はいかなる神にておはするそと貞信公にとはせ給へは、御はかしのつ, かま二つは有へからす、うきたる事にや、更に信用にたらす、彼頼朝思はすしらすに鎌, かゝしらに白狐の現し給ふを見て、御心やすくおほしめされね、いなりの大明神の御番, 有ましきあと存候とのたまへば、秀吉公、いや〳〵さやうにむつかしき藤原氏のつる葉, ならんよりは、たゝあたらしくいまゝてなき氏になり侍らんとのたまひけれは、菊亭の, かにも、猶はたゝ神のおひたゝしく御殿さくる計になりさかりし時、御門大にさはかせ, 臣家には三寶あり、三寶と申は、一には大織冠の御影、二は惠亮和尚のあそはされし紺, おとゝ具に氏性録を見給ひ、はしめて豐氏にさだめさせ給ふ、其後秀吉公關白に成給ひ, (醍醐天皇〕, テ豐臣氏ト, 氏姓ヲ避ケ, 秀吉藤原ノ, ナル, 天正十三年七月十一日, 九四

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  • テ豐臣氏ト
  • 氏姓ヲ避ケ
  • 秀吉藤原ノ
  • ナル

  • 天正十三年七月十一日

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  • 九四

注記 (21)

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