『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.114

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類武邊めされ、其時手負、ちんはに御なり候由、, るものはかり、ふとんこたつりけなとも、にたりもめんにてめされ候つる、, なとも、いかにもそさうに見くるしく、衣裝なとも、丹後つむおなとやうな, 渡殿仕置次第に被成、將軍樣にも御異見御申候、佐渡殿御かたぎは、家作り, の木を、將軍樣よりつかはされ候、其御禮として、神主江戸へ參上、佐渡殿へ, 殘りをは御返し被成候まゝ、諸人忝かり申なる、ある時、ひたちかしま鳥井, したちて、御出頭無比類候、御鷹匠めされ候頃、宗輝樣へ彌八郎殿御物語被, もちやりなとも、さやとめをくわんせよりにめされ、何にも万事かまはす, の御かたおにて、けすちかく、いかやうのものも直に御用等をも申候つる、, 爲聞候に、けにもの事計御申候、たゝ人にてはなく候と、宗輝樣かんし被成, 大閤御代之内は、大方御所樣は、京伏見大坂御つめ被成候、關東中は本田佐, 候を、私おやなとも存覺候由申つる、佐渡殿わかき時に、加賀の國にて、無比, 嶋田次兵衞殿同道にて御出候、進物に杉原を持參被仕候を、佐渡殿御覽し, 爪なすひのやうなるものを候へは、手つから一つ御取、ほうしにうるとて、, て被仰候は、よくこそ遠路御越候、杉原は祝著いたし候へ共、返すと御申候, 正信ハ跛, 正信ノ儉, 正信鹿島, 神主ノ進, 物ヲ辭ス, 約, 者, 元和二年六月七日, 一一四

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  • 正信ハ跛
  • 正信ノ儉
  • 正信鹿島
  • 神主ノ進
  • 物ヲ辭ス

  • 元和二年六月七日

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  • 一一四

注記 (24)

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