『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.140

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召出、二千俵を給し、延寶三年御使番、七年三千石を給し、駿府定番とな, に傳へ致せり、余もまた此寫を傳寫す、, 出し、正之に授て、父祖相傳るの意を示せり、是日祁寒、座間に火爐を設, く、一岳其副本を取て、爐火に投し、且言て云、唯直本あらん而已、漫に副, して他人に向ては、此書有と云事をいはす、房州政重の家にも、世々相, る、貞享五年戊辰二月廿八日、駿府御城中に卒す、享年五十九、正之無嗣, の姓名來暦を詳にせす、白石丈人甞て, あるへからすと、其鄭重の意を示せり、嚴廟のとき、寛文四年、正之を被, 顧、正之を携て犬山に赴、懇に養育せり、あるとき、一岳、佐州君の遺篇を, 今按に、右成瀬一岳受授の事も、家傳にはあらす、東都本多家の内に, 男、石川氏を養子とす、今の外記正芳是なり、其家此篇を傳へ、深く祕藏, 傳と云、政重の嗣房州政重長老後、素立軒と稱す、自此本を寫して子男, 右篇中稱する所、道を知るの唐人に傳聞て、此同理を知ると言て、其人, 相傳へて云爾、是亦其證驗も御座候哉, 謂は、順菴先生木貞幹甞ておもへらく、佐州君在世の時分朝鮮の人李, 元和二年六月七日, 號也、此語甞語鳩巣室先生云々、, 白石先生者、筑後守新井君殿別, 正本ヲ正, 本佐録ノ, 成瀬正虎, 純ノ子正, 之ニ授ク, トノ説, ク正正ノ虎, 一四〇

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  • 號也、此語甞語鳩巣室先生云々、
  • 白石先生者、筑後守新井君殿別

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  • 正本ヲ正
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  • 成瀬正虎
  • 純ノ子正
  • 之ニ授ク
  • トノ説
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  • 一四〇

注記 (26)

  • 1297,800,65,2070召出、二千俵を給し、延寶三年御使番、七年三千石を給し、駿府定番とな
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