『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.282

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移られ、彼地郷民齋藤佐次右衞門か舘に旅宿せらる、〓にして五十餘日を, 國師事を不果、依く深谷は往還の街にて、旅人の煩ならんと思召れ、藤岡へ, 送り給ふ、時に齋藤種々に饗應し奉りぬ、忠輝卿御悦不斜、我もし事故なく, 於て松平丹波康長え御預ケ、上州笠間に謫居す、安西はいかゝ成行けんそ, 西又告文を捧と、仍今日柳營に召出さ〓、對決に及ふ處に、主水雌伏す、爰に, 頼けるに、事不果して徒に日數を送られけると也、, 勘氣の事こ候間、百ケ日過候而、出仕可被申候、夫まくは藤岡え皈られ候樣, 遠慮なきに似たりと、老中も被申によつく、上意に任く、則今日少將殿駿府, 此段定く殘念に被存べく候、夫ニ付只今是え被參候樣こと思召候得共、御, 安西右馬允又事を起し、花井主水と二度公事を取結ひ、家中二ツに分る、安, を發せられ、上州深谷に趣、彼地に至り暫滯留有く、猶國師を御頼有けるに、, の終を不知、依て少將殿罪再轉して、重タ成と云々, 御不審をまぬかれなは、一廉の恩賜を可行と宣ひ、則自筆を以て一封を玉, こと上意也、仍くかく御不審を蒙らるゝ上は、駿府御城邊に御座候半事、御, はりぬ、此書今に齋藤氏所持すと云々、扨少將殿は、國師方え御赦免の事被, 藤岡滯在, 元和二年七月六日, 二八二

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  • 藤岡滯在

  • 元和二年七月六日

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  • 二八二

注記 (18)

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