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か差圖して爰に出したるやと御氣色有けれは、清直則退去す、其趣にて、山, 逆より起れり、其折から本多上野介は、清直か事、御穿鑿の席へ不可出のよ, 守立旨、御直に右喜右衞門に有命て退出す、天正十八年御國替之時、清直は, 千石を加へ給り、後年御末子松千代君を以て、長澤の家督と宣られけるに、, 矢田の御方と云けるか御願にて、權現樣、康直息女に五千石を與へ、後又貳, し再往申聞せけれとも、日頃は長臣の列にて在なから、今難義乃期には不, 成る故、庄右衞門清直も忠輝朝臣に附屬、出羽と改め、老臣に列す、然して忠, 參せん事、不本意とて清直も出席す、時こ權現樣出御御通りかけに御覽有, 一族上野介と共に、武州深谷の城へ移る、時に七歳なり、文祿二孟冬廿九日, らく家康か盃を嫌ふもの有ましきに、世忰は只者には成へからす、能々可, 等御僉儀に及ふ事有、是は國奉行進士清三郎相手にて、實は上總介殿の横, て、遙末座に伺公するは、出羽にてはなきか、若輩者何の辨へあるへきに、誰, 上野介康直廿五歳にて死去、繼子なきゆへ、康直の母は、權現樣の御妹にて, 此君疱瘡にて早世有けれは、其弟上野介忠輝朝臣を以て、長澤の家督と被, 輝朝臣信州川中嶋松代の城主となり給ふ、慶長十四年九月、上總介殿老臣, 家ヲ相續, 清直忠輝, 忠輝長澤, ニ附ケラ, ス, ル, 元和二年七月六日, 二九五
頭注
- 家ヲ相續
- 清直忠輝
- 忠輝長澤
- ニ附ケラ
- ス
- ル
柱
- 元和二年七月六日
ノンブル
- 二九五
注記 (23)
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