『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.496

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に二十匁を與へたり、, 錢千五百、家僕に錢二百を拂へり、我等は此市に來る前一リーグの地點に, 宿の子息贈物を携へ來りしに付、錢三百を贈りぬ、, り、斯くて我等は江尻に宿泊し、晩及び朝二食の代として、錢三千と、家僕に, 二十二日、, るを可とし、我等の先發せんことを希望せり、斯くて我等は藤枝に赴きて, り、其代として、錢二千と、家人に錢二百を拂ひたり、尚我等はスチビヤウ及, 錢二百を拂ひたり、, び其妻に黒色絹呉絽服一反、更紗ブランポート一反を贈り、予は又其末子, キヤプテン・アダムスは、其腕の再び〓臼せんことを恐れ、四五日駿河に留, 投宿し、其家に錢二千と、家僕に錢二百を拂ひ、尚キヤプテン・アダムスの定, ひし故、我等は駿河に赴き、我等の定宿の主人スチビヤウ方にて晝食を取, に赴けるなり、彼は予にマルマラード一凾を贈り、尚絹靴下二足、内一は銀, て、ジョージ・ヂウロイスに逢ひぬ、彼は左兵衞殿に對し訴訟せん爲め、幕府, 二十三日, キヤプテン・アダムスは、稍快方に向, 我等は掛川にて晝食をなし、其家に, 元和二年八月二十日, ○新暦十一月一日ニシテ、元, 和二年九月二十二日二當ル, ○新暦十一月二日ニシテ、元, 和二年九月二十三日ニ當ル, す江戸ニ, ぢゆろい, 駿河通過, 赴ク, 元和二年八月二十日, 四九六

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  • ○新暦十一月一日ニシテ、元
  • 和二年九月二十二日二當ル
  • ○新暦十一月二日ニシテ、元
  • 和二年九月二十三日ニ當ル

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  • す江戸ニ
  • ぢゆろい
  • 駿河通過
  • 赴ク

  • 元和二年八月二十日

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  • 四九六

注記 (28)

  • 1098,645,57,644に二十匁を與へたり、
  • 398,640,70,2213錢千五百、家僕に錢二百を拂へり、我等は此市に來る前一リーグの地點に
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