『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.621

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はざる程なりき、, 十月二十六日、, 故なり、桑名の旅亭の主人は予に語りて、此貴人并に其夫人〔皇帝の女なれ, 借り上げられしかば、我等は此所を去る爲め、馬を得ること能はざりしが, より乘船して、セリーグを隔てし桑名に向へり、宮にて拂ひしは、錢五百に, 頃此所に著せしにも拘はらず、馬匹は、悉く領主を訪問せし人々の爲めに, ば]の許に、日々來る獻上品は、實に眼を驚かすばかりなり、是日本に於ける, 永三年五月七日ノ條ニ、マタ、直盛、伊勢安濃津城主富田信高ヲ家康ニ, して、桑名にては錢二千三百を拂ひ、家僕に錢二百を與へたり、是我等が晝, 同數の衣服「即ちキリモン〕とを獻ぜりと言へり、依て演劇、即ち喜劇、及悲劇, の催されざる日なく、當地に來集する人數夥しく、我等は馬を得ること能, 貴族は、すべて其分に應じたる贈品を携へて彼を訪ひ、或者は大判百枚と, 出スルコト、元和元年五月七日ノ條ニ、忠刻卒シテ江戸ニ還ルコト、寛, 訴フルコト、慶長十年五月是月ノ條ニ、幕府、之ヲ裁スルコト、同十八年, ○千姫、秀頼ニ嫁スルコト、慶長八年七月二十八日ノ條ニ、大坂城ヲ〓, 我等は宮にて朝食をなし、其所, 元和二年九月是月, 和二年九月十六日ニ當ル、, ○新暦十一月五日ニシテ、元, ケル混雜, 桑名ニ於, 元和二年九月是月, 六二一

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  • 和二年九月十六日ニ當ル、
  • ○新暦十一月五日ニシテ、元

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  • ケル混雜
  • 桑名ニ於

  • 元和二年九月是月

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  • 六二一

注記 (23)

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