『大日本史料』 12編 29 元和四年正月~同年十二月 p.72

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水無瀬宮法樂和歌御會、, 時直モ同前、, 二十二日, 二月廿一日、雨天、一水無瀬宮御法樂、昨日短册給、歌ハ, 廿二日、雨天、夜前ヨリ入神事、今朝清書シテ、水無瀬ノ宮御法樂ヲ上候、, 廿三日、天晴、一今朝水無瀬宮御法樂、短册清書シテ上候、, 二十五日, 照門へ懸御目テ定之也、, ノ兵御る道迄樣じ事乃今交性の, 〔時慶卿記, 覺平をハ川れきハ越小度, 北野天滿宮法樂和歌御會、, と刻しり〓子しるし〓衞詰大今, 元和四年二月二十二日二十五日, る此臨あさ鹿屈付立を衞兵年頃衞一, て衞供を中歸は平よ不一代共所, さんとて、する〳〵と進ミ寄て、一刀に刺洞したりともいふ、此刻平兵衞も, し一度仕損しなは、本意むなしくならんと、ぬかく思ひ入けると覺へて、旅, くりクりよく延過子あのる一切, 思とら蹲てしして越れ人事説殺, 羽呼かけ、いかに平兵衞遲かりつると、辭を懸なから川中に臨しを、御供申, 四十, 衞ハ、路次にて此恨散せはやと、態と道中に日を延し、跡ゟ追付るゝ樣に歸, ハ、早く歸し候こそよにれと申にるを、平兵衞障子越に聞、口をしき事に思, 詰候當り也、如何に候と尋ぬ、出羽卒爾に答て、左あれ共、平兵衞〓を乃不オ, にるか、何事にや、出羽も遲滯にて、日限違ひ、とかくして播州鹿子川迄歸し, ひなから、先默止して江戸を發す、出羽ハ五六日過て、跡ゟ出立にれは、平兵, 宿〓にて、荷物を寢間に置て、刀にねた, に、よふ〳〵出羽か從者とも來るよしなれハ、爰にて事を果さすハ、道中に, 三, て本意をとけん事叶ふまし思ひ、先達川端に至り蹲踞してありにるを、出, はを合せて、葛籠を刺試ミのるとさ、, の人別の書付、大小性の頭に出羽渡せしに、其頃の人申ハ、平兵衞ハ、今一, 壬, 入い中しを播方b聞平ハそ平, けふにて果州追出口兵平今の兵, 戸詰之内、輪番して國に歸り、或ハ二年詰なとする事成に、今年詰越交代等, 卯, 乙, 羽呼かけ、いかに平兵衞遲かりつると、辭を懸なから川中に臨しを、御供由, し一度仕損しなは、本意むなしくならんと、ぬかく思ひ入けると覺へて、旅, ひも川踞事て跡跡は共申成はす, 御にくミ深く、渾家のこらす刑せられしと云、又一説に、その頃大小性共江, さんとて、する〳〵と進ミ寄て、一刀に刺洞したりともいふ、此刻平兵衞や, る此臨あさ鹿屈付立を衞兵年頃衞一, 寢じゝ平事ろ出恨しそ1小て家と, 元和四年二月二十二日二十五日, 七二

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  • 四十
  • 衞ハ、路次にて此恨散せはやと、態と道中に日を延し、跡ゟ追付るゝ樣に歸
  • ハ、早く歸し候こそよにれと申にるを、平兵衞障子越に聞、口をしき事に思
  • 詰候當り也、如何に候と尋ぬ、出羽卒爾に答て、左あれ共、平兵衞〓を乃不オ
  • にるか、何事にや、出羽も遲滯にて、日限違ひ、とかくして播州鹿子川迄歸し
  • ひなから、先默止して江戸を發す、出羽ハ五六日過て、跡ゟ出立にれは、平兵
  • 宿〓にて、荷物を寢間に置て、刀にねた
  • に、よふ〳〵出羽か從者とも來るよしなれハ、爰にて事を果さすハ、道中に
  • て本意をとけん事叶ふまし思ひ、先達川端に至り蹲踞してありにるを、出
  • はを合せて、葛籠を刺試ミのるとさ、
  • の人別の書付、大小性の頭に出羽渡せしに、其頃の人申ハ、平兵衞ハ、今一
  • 入い中しを播方b聞平ハそ平
  • けふにて果州追出口兵平今の兵
  • 戸詰之内、輪番して國に歸り、或ハ二年詰なとする事成に、今年詰越交代等
  • 羽呼かけ、いかに平兵衞遲かりつると、辭を懸なから川中に臨しを、御供由
  • し一度仕損しなは、本意むなしくならんと、ぬかく思ひ入けると覺へて、旅
  • ひも川踞事て跡跡は共申成はす
  • 御にくミ深く、渾家のこらす刑せられしと云、又一説に、その頃大小性共江
  • さんとて、する〳〵と進ミ寄て、一刀に刺洞したりともいふ、此刻平兵衞や
  • る此臨あさ鹿屈付立を衞兵年頃衞一
  • 寢じゝ平事ろ出恨しそ1小て家と

  • 元和四年二月二十二日二十五日

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  • 七二

注記 (48)

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