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り、家隷に首うたせ、平兵衞ろ首御入用こ候はゝ進すべしとて、大勢の中に, 故に、主の敵を目前に打洩しくるとl。、, 殿乃許に赴々る、時に三月十一日の暮頃、正條川乃渡場に從ひ行を、話する, 歸りなは、我等に腹切すへき爲とこそ覺ゆ〓、いて此恨はらさてや有へき, 助市、平兵衞を一太刀切くれとも、其儘迯去り、側人なき所に到り、腹ろき切, 投込せしと云、此節出羽か家來共、神戸を切得さりしは、第一思ひもよらぬ, 事、殊に薄暮物の色目も見へ分す、後す多勢入亂も、むた騷にさはを合々る, 躰にもてなし、近付より、思むの儘出羽を刺殺したり、出羽か近習の士加藤, るへしと也、是をも神戸聞及む、今ケ樣の結搆全く他の義にあらし、因幡に, と覺悟を極め、出羽諸ともに江戸を立、出羽は歸路の序、播州赤穗右近太夫, 殺々をて道1よを始る使多, シ々見追をても内てに, 刺へ越よ夜中りふへ然小數, くま比渡晝道當國幡に使1, 〓ふこ勢のめよし歸因ら中御, りとて付急御1ら途御平三り, も衞惣川極ぬっ御年な使の, 會平懸加思1〓そ申しう間諸, 釋兵て子〓ひられ付今異大國, 招にる、折こそよけれと思ひ、はしり寄、刀を拔て、何の會釋もなく刺殺たり, しに、大小性、伸間、大使、中使、小使と〓, 一説に、其頃ハ諸國の御使數多あり, 兵衞度々遠國への御使に當られ、不快におもふ折ふし、今年因幡へ始て御, 段に分て、代り〳〵勤る事、近世の御使役の務と大やう異ならす、然るに、平, 入國、出羽も從ひしか、道中ゟ又平兵衞に京都の御使申付、御歸國なを内、冷, 中にて御返事申〓しとなり、平兵衞思ひにるハ、今度それかし當りにもあ, 〓て、此御使を命せらるゝのミならす、急なる事にもあらぬに、道中にて御, 込答申せとハ何事そ、是ひとへに出羽か所存なりと思ひ極め、晝夜道を急, き、京乃御使勤、御跡をしたひ馳歸り、三月十一日、播州加子川の渡にて追付, のご腰州ともず使ふや仲ン, 奉るに、烈公ハはや川を渡らせ給ひ、出羽ハ床机に腰懸て、惣勢の越を見て, 何せに播りに今御折大性り, て申机日ふ事ンのふと小其, 拔と床一存るる都も務大3, 會平懸加思t〓そ申しう間諸, ふこ勢のめはし歸因ら中御, 釋兵て子〓ひられ付今異大國, キテノ異, 殺害ニ就, 説, 元和四年二月二十日, 七一
割注
- しに、大小性、伸間、大使、中使、小使と〓
- 一説に、其頃ハ諸國の御使數多あり
- 兵衞度々遠國への御使に當られ、不快におもふ折ふし、今年因幡へ始て御
- 段に分て、代り〳〵勤る事、近世の御使役の務と大やう異ならす、然るに、平
- 入國、出羽も從ひしか、道中ゟ又平兵衞に京都の御使申付、御歸國なを内、冷
- 中にて御返事申〓しとなり、平兵衞思ひにるハ、今度それかし當りにもあ
- 〓て、此御使を命せらるゝのミならす、急なる事にもあらぬに、道中にて御
- 込答申せとハ何事そ、是ひとへに出羽か所存なりと思ひ極め、晝夜道を急
- き、京乃御使勤、御跡をしたひ馳歸り、三月十一日、播州加子川の渡にて追付
- のご腰州ともず使ふや仲ン
- 奉るに、烈公ハはや川を渡らせ給ひ、出羽ハ床机に腰懸て、惣勢の越を見て
- 何せに播りに今御折大性り
- て申机日ふ事ンのふと小其
- 拔と床一存るる都も務大3
- 會平懸加思t〓そ申しう間諸
- ふこ勢のめはし歸因ら中御
- 釋兵て子〓ひられ付今異大國
頭注
- キテノ異
- 殺害ニ就
- 説
柱
- 元和四年二月二十日
ノンブル
- 七一
注記 (42)
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