『大日本史料』 12編 29 元和四年正月~同年十二月 p.650

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されし旨を語りぬ、, 匁四分半を拂ひ、又下僕に正貨即ち錢百文を與へたり、, 食代として一分二枚、即ち三十二匁九分を拂ひ、下僕に錢百文を與へたり、, かくて我等は岡崎に赴きて宿泊せり、此日行程僅に七リーグ、晩食竝に朝, 次で地鯉鮒に至りて晝食し、其代十三匁を拂ひ、下僕に銀百文を與へたり、, 戸出發以來八日を經たりと云へり、又蘭人は、贈品を呈して、即日〓見を許, 同地にて、皇帝の長妹が長き行列を從へ來るに遇ひぬ、, 二十三日, し、旅亭の主人に間代及び六尺の食費として、一分金一枚を與へたり、, 二十四日, 又間もなくポルトガル人が、江戸の幕府より歸來せるに遇へり、彼等は江, 日出前凡二時間頃宮に著し、定宿狐屋, に入りて朝食をなし、馬十四頭に荷を積みたり、食事竝に旅費として十六, 錢百文を拂ひたり、, ツカ・サケイにて食費十三匁、下僕に, 此町にて大御所樣生れたるなり、, ○新暦十月四日ニシテ、元, 和四年八月十六日ニ當ル, ○秀忠ノ妹ニ在世, ○新暦十月三日ニシテ、元, セル者ナシ、恐ラク, 和四年八月十五日ニ當ル, ハ誤ナ, ラン、, 和蘭人秀, 忠ニ〓ス, 岡崎, 熱田, 元和四年九月是月, 六五〇

割注

  • ○新暦十月四日ニシテ、元
  • 和四年八月十六日ニ當ル
  • ○秀忠ノ妹ニ在世
  • ○新暦十月三日ニシテ、元
  • セル者ナシ、恐ラク
  • 和四年八月十五日ニ當ル
  • ハ誤ナ
  • ラン、

頭注

  • 和蘭人秀
  • 忠ニ〓ス
  • 岡崎
  • 熱田

  • 元和四年九月是月

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  • 六五〇

注記 (30)

  • 721,659,57,561されし旨を語りぬ、
  • 1412,653,67,1637匁四分半を拂ひ、又下僕に正貨即ち錢百文を與へたり、
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  • 1298,651,70,2212次で地鯉鮒に至りて晝食し、其代十三匁を拂ひ、下僕に銀百文を與へたり、
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