『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.389

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ひ、十二月、東條本知乃うち貝吹、駒場、公文給、彈正給、須見三箇所をとがは, す屋きむ〓、御判物をとまふ、九月、二連木、牛窪、八幡等、今川ろたの敵と戰, づふ、康忠もその列にありて、御こつろらうた〓たひし皷をとまふ、こ, 八月六日、三河國寶飯郡小坂井、八幡等の村々、千八百十貫文乃領知を宛, り、祖父淨賢とともに御判物を下のる、九年五月九日、牛窪領の御判物を, り、織田右府これを賞し〓、佩刀をあたふ、凱旋ありし乃ち、諸臣に宴をた, りしかは、祖父淨賢ここをたすけ〓嗣とす, の皷の筒、御紋と鰕の蒔繪ありて、今なを愛之助親芳か家に傳ふ、天正三, たまふ、元龜元年六月、姉川の役に、康忠したかひゆきて、甲首二級を得と, 田勢と戰ひず、甲首を得たり、八年三月より高天神城乃寄手にくはゝり、, 年五月二十一日、長篠乃役に、酒井忠次にしたかひ、鳶巣山乃壘を襲ひ、武, 行はれ、そのうち叔父五郎兵衞、三藏、新平等各百貫文乃知行も、康忠進退, をいて元服し、御諱字をたづひ、康忠とめさゝ、御妹君をめあはをたがふ、, 康忠母き清康君乃御息女、永祿三年、父政忠討死し、康忠いまた年りかか, 母は某氏, -直之, 五年、東照宮乃御前に, 大膳、次郎, 左衞門, 時に十, 五歳, ヲ娶ル, 履歴, 家康ノ妹, 元和四年雜載, 三八九

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  • 大膳、次郎
  • 左衞門
  • 時に十
  • 五歳

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  • ヲ娶ル
  • 履歴
  • 家康ノ妹

  • 元和四年雜載

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  • 三八九

注記 (26)

  • 1072,719,61,2121ひ、十二月、東條本知乃うち貝吹、駒場、公文給、彈正給、須見三箇所をとがは
  • 1193,718,61,2123す屋きむ〓、御判物をとまふ、九月、二連木、牛窪、八幡等、今川ろたの敵と戰
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