Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
九年、台徳院殿御上洛、聚樂に御座乃時も、したかひたてがつり、文祿元年, 馬をはせて巡視し、木に紙を結ひ〓境界の標とす、赤坂乃麓より、澁谷乃, 院殿、眞田昌幸か籠れよ信濃國上田城を攻たたふにより、男忠俊と共に, 日、從五位下常陸介に敍任す、, 二月朔日、釆地乃御朱印を下さよ、このとし、東照宮、肥前國名護屋に御在, 〓をよふかきり、宅地にたたふへき旨、おほせをかうぬる、忠成すなはち, 陣、台徳院殿と江戸御在城〓り、榊原康政國事を執、忠成、内藤清成と二人、, 年、東照宮、上杉景勝御征伐乃とを供奉し、下野國小山にいたよ、八月、台徳, 諸事を奉行す、八月、洛に乃ほらさたたふのときも供奉し、二年閏九月、京, 西川にいたよ、この地きもと原宿といふ、これより乃ち、青山宿とよふ、十, 台駕を伏見に促す、忠成、土井利勝、青山成重等と共に、御供に候す、慶長五, 地を賜ひ、また城西に放鷹乃とき、赤坂乃上より、西原野村みいたり、御目, 師におもむかせた匁ひ、聚樂邸に御滯座あり、忠成御供に候す、ときに在, 年七月三日、關白秀次謀反の企あな乃とき、大久保忠隣かはからひにて、, 京の料として、近江國乃うちにをいて、二千石乃地をた~ひ、三年四月朔, 四, 慶長十八年二月二十日, ○藩翰譜二、常陸介トナルヲ、天正十八年, 一洛ノ時ノコトヽナセルハ誤ナラン, 信濃上田, 城ヲ攻ム, 青山宿, 慶長十八年二月二十日, 七八三
割注
- ○藩翰譜二、常陸介トナルヲ、天正十八年
- 一洛ノ時ノコトヽナセルハ誤ナラン
頭注
- 信濃上田
- 城ヲ攻ム
- 青山宿
柱
- 慶長十八年二月二十日
ノンブル
- 七八三
注記 (24)
- 1439,702,70,2149九年、台徳院殿御上洛、聚樂に御座乃時も、したかひたてがつり、文祿元年
- 1676,699,67,2152馬をはせて巡視し、木に紙を結ひ〓境界の標とす、赤坂乃麓より、澁谷乃
- 270,694,66,2154院殿、眞田昌幸か籠れよ信濃國上田城を攻たたふにより、男忠俊と共に
- 746,698,56,861日、從五位下常陸介に敍任す、
- 1325,706,66,2144二月朔日、釆地乃御朱印を下さよ、このとし、東照宮、肥前國名護屋に御在
- 1795,704,64,2143〓をよふかきり、宅地にたたふへき旨、おほせをかうぬる、忠成すなはち
- 1207,697,66,2164陣、台徳院殿と江戸御在城〓り、榊原康政國事を執、忠成、内藤清成と二人、
- 386,695,68,2151年、東照宮、上杉景勝御征伐乃とを供奉し、下野國小山にいたよ、八月、台徳
- 1090,699,65,2151諸事を奉行す、八月、洛に乃ほらさたたふのときも供奉し、二年閏九月、京
- 1557,703,69,2145西川にいたよ、この地きもと原宿といふ、これより乃ち、青山宿とよふ、十
- 502,693,65,2152台駕を伏見に促す、忠成、土井利勝、青山成重等と共に、御供に候す、慶長五
- 1909,709,68,2142地を賜ひ、また城西に放鷹乃とき、赤坂乃上より、西原野村みいたり、御目
- 971,697,66,2152師におもむかせた匁ひ、聚樂邸に御滯座あり、忠成御供に候す、ときに在
- 624,695,61,2166年七月三日、關白秀次謀反の企あな乃とき、大久保忠隣かはからひにて、
- 857,695,66,2156京の料として、近江國乃うちにをいて、二千石乃地をた~ひ、三年四月朔
- 745,2796,43,47四
- 175,690,45,425慶長十八年二月二十日
- 767,1581,49,1176○藩翰譜二、常陸介トナルヲ、天正十八年
- 727,1590,44,1109一洛ノ時ノコトヽナセルハ誤ナラン
- 313,253,41,167信濃上田
- 268,252,44,163城ヲ攻ム
- 1579,257,38,128青山宿
- 174,690,46,425慶長十八年二月二十日
- 166,2425,42,123七八三







