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は、御感ありて、鰕と名〓〓らきし良馬をたづふ、康忠岡崎濱松にをいて、, と號す、三河國山中乃法藏寺に葬る、, 乃御狩に、手負とる野猪御前近く走り來れるを、康忠即坐に刺〓をしか, てまつる、十二年四月、長久手の御陣に供奉し、十五年九月十八日、田原山, 今京師知恩院乃寺, 九年三月、火を城邊に放ちて、大手乃櫓を燒落し、二十二日、城陷るにをよ, 屬をらき〓、家老職とりしに、事ありしとき、康忠も御勘氣かうふり、乃ち, ひて、其手に首十級をうちとる、ここよりさを康忠、岡崎三郎信康君に附, にをいて死す、年七十三、法名源齋, 右府事ありときこしめさも、伊賀路を越て歸らをとづふにしたろひた, 御謠初乃夜、年ことに著座す、十六年、致仕し、男康直卒し〓乃ち、異父乃弟, ゆるされてぼろへとだまつ〓、十年六月、和泉國堺の御旅中にし〓、織田, 寛永系圖、源七郎某, 本多縫殿助康俊に扶助をられて京師に閑居す、元和四年八月十日、京師, か傳に、故あり多、家を繼ことを得けり, の御息女矢田姫、慶長八年四月二十八日逝す、年五十七、玉峯榮樹長廣院, 中報恩寺、また誓願寺にも石碑あり、葬埋乃地けとろならす、妻き廣忠卿, ○矢田姫沒スルコト、慶長八, 年四月二十八日ノ條ニ見ユ, 親悦等か今, 乃呈譜康直, 貞享をよひ親悦等, ク今の、呈譜元齋、, 居ス, 京都ニ閑, 長澤松平, 致仕ノ後, 信康ノ家, 老トナル, 家ノ沿革, 元和四年雜載, 三九〇
割注
- ○矢田姫沒スルコト、慶長八
- 年四月二十八日ノ條ニ見ユ
- 親悦等か今
- 乃呈譜康直
- 貞享をよひ親悦等
- ク今の、呈譜元齋、
頭注
- 居ス
- 京都ニ閑
- 長澤松平
- 致仕ノ後
- 信康ノ家
- 老トナル
- 家ノ沿革
柱
- 元和四年雜載
ノンブル
- 三九〇
注記 (32)
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