『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.746

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をなしみもは、誠に大を成鯛也、魚乃中に飛魚鰡と言て、飛は手ぬる魚もあ, をなし奉る、角て下向道に趣〓なに、乘船二三町計漕出したる折ふし、舟の, 都より直に國々へ下向有ける、秀忠公還御まし〳〵、左衞門太夫へも、永々, 字はろうと云聲、上りたは魚鯛なれは、我大閣の位にな覽しるへと思ふと, 申させ給ふ、和尚、尤と感し歸寺有たり、此事弘嶋中に隱なく、後は世に沙汰, まと、鯛なとの飛事前代未聞のふしき成と、廣嶋に著すれは、彼魚を小者二, 櫓の上へ大魚飛上、少將のめての脇に躍ける、左衞門太夫、是めてたしと悦, の在江戸太儀なれは、國本へ心をものはさんと思召とて、御暇給上洛をな, されは其當座に堪へたはも、舟といへは我乘舟、高きやくらの上、高きと云, 人にかゝせて乘輿のさきに持せ、諸侍に披露し、其後國泰寺□慶和尚當悦, をなを、去程に、去元和三年、秀忠公御上洛の刻、日本國の諸大名悉御暇給、京, す、程なく國本に著船し、いつも上下の嘉例とて、直に宮嶋へ社參にて神拜, に登城なるに、左衞門太夫、件の鯛の物語いかゝと物語あれは、和尚、唐乃賢, ふれけれは、江戸將軍も聞召て、ふしき成事也、さ〓なから、太夫か太閣にな, 主の代、舟と鱸の飛入し例をひき、一段吉事を云たまへは、其時左衞門大望、, 鯛船中ニ, 參詣ノ時, 正則嚴島, 躍入ル, ヲ抱ク, 正則野心, 元和五年六月二日, 七四六

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  • 鯛船中ニ
  • 參詣ノ時
  • 正則嚴島
  • 躍入ル
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  • 正則野心

  • 元和五年六月二日

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  • 七四六

注記 (23)

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