『大日本史料』 12編 32 元和五年十一月~同年十二月 p.309

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其妻子等と共に捕はれて、一六一八年十一月二十五日, 多數の宣教師等が、かの港に隱るゝ事實を附加せり、, 崎の代官を告訴し、なほ此非理なる告訴の結論として、等安の庇護の下に、, 訴訟提起の後、將軍は其辨明を等安に命じ、又告發者には、故人左兵衞の甥, ざれば、之に對して責任を有せざることを明白に立證せり、, 語の反駁をもなし得ざらしめたり、且彼は事實に於て、其子及び他の司祭, ある訴訟を立證すべき必要に迫られて、彼等の中二人をば、長崎の代官の, のキリシタン宗徒の苛酷なる殉教を招致する源を作れり、平藏は其惡意, 火刑, 誠に彼は自ら都に上り、上述の諸事件に責任を有するものとして、かの長, 等を追放せり、若し假令再び歸國したりとも、彼の命に出でたるものに非, 子を上陸せしめ、密に之を隱匿せし科により、將軍に告發せり、彼等は直に, 令を與へたり、されど等安は堂々と己が無罪を抗辯し、彼が敵手をして、一, 此瞭然たる答辯は、完全に彼の責任を解きしが、結果として、十二人の無辜, 權六と共に、長崎の市街及び其附近に潛るゝ諸パードレを捕縛すべき命, に處せられたり、, 結末ヲ記サズ、, 月九日ニ當ル, ○本書訴訟ノ, ○京都所司代板倉勝重、長崎奉行長谷川藤正等、耶蘇教, ○元和四年十, 宣教師及ビ教徒ヲ處刑スルコト、四年是歳ノ條ニ見ユ, 等安ノ辨, 教徒十二, 名ノ處刑, 明, 元和五年是歳, 三〇九

割注

  • 結末ヲ記サズ、
  • 月九日ニ當ル
  • ○本書訴訟ノ
  • ○京都所司代板倉勝重、長崎奉行長谷川藤正等、耶蘇教
  • ○元和四年十
  • 宣教師及ビ教徒ヲ處刑スルコト、四年是歳ノ條ニ見ユ

頭注

  • 等安ノ辨
  • 教徒十二
  • 名ノ處刑

  • 元和五年是歳

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  • 三〇九

注記 (28)

  • 417,636,61,1623其妻子等と共に捕はれて、一六一八年十一月二十五日
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  • 1578,632,61,2192訴訟提起の後、將軍は其辨明を等安に命じ、又告發者には、故人左兵衞の甥
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