『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.547

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なる事を認識せしものなり、, りと判定して、會服をば授與したるなり、, が、彼は、僞無き、而もいとも眞實にして且ついとも堅固なる徳操を持するてふ偉大な, の言葉に就きて陳述せしが、其等の事柄は執れも彼等を納得せしめたり、されば、かの, られん事をば希求せり、そは、斯くして從順の徳に依り且つ死に依りて、犧牲と成りて, 再びデウスに身を捧ぐべき修道者たらん事を先づ彼等が希望せしを以てなり、之が爲め, 彼等は、彼等に隨伴して果し來れる諸々の務めに就き、又聖靈の彼等に語り懸けし數々, パードレ等は、彼等の内二三の者に對し、彼等が才幹と徳操とに於て他に優れたる處あ, 縛に就きたる日本人總べてが、殉教者たる事を切望しつゝ、右の恩惠の我が身に施與せ, の當時以來、又人々が此のパードレと共に彼を捕縛して以後、〓に五年の歳月を閲せし, し以前は、パードレ・フライ・トマス・デ・スマルラガの教理傳道士なりき、而して其, 彼等が神の偉大なる慈悲に依りて主の許に召さるゝにせよ、彼等の、信仰に相應しき者, ノライ・マンシオ・デ・サント・トマスと呼ばれたり、此の若者は、人々が彼を捕縛せ, 〓と名乘りしが、固有の名を授けられて、其の後修道士として, 其の一人はマンシオ, ○木, 俣, お・木俣ノ, 日本人ふら, い・まんし, 經歴, 元和八年八月五日, 五四七

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  • ○木

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  • お・木俣ノ
  • 日本人ふら
  • い・まんし
  • 經歴

  • 元和八年八月五日

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  • 五四七

注記 (23)

  • 1708,682,53,701なる事を認識せしものなり、
  • 894,687,55,1045りと判定して、會服をば授與したるなり、
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