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られたり、, 蘇基督の爲めに死するを許されんことを願ひたり、, ゼズス會のパードレ三名は、津の國の大坂及び堺を訪れたり、大坂のキリ, シタンは信仰を棄てざりしが、偶疫痢流行せしかば、大いに活躍するの機, 廣島にては、二國を領せし主君は、キリシタンに恩惠を垂れし故にて追放, 磨の諸國を、四國にては伊豫、讚岐、阿波、小豆島及びシワクを訪れたり、, 如何に神の思召の深きぞ、バルタザルは、其判決中に其息子の含まれしを, き父と共に逝けり、バルタザルは四十七歳、息子は僅四歳なりき、, せられしも、三百人の信仰者は、依然として迫害に耐へたりき、同市にて八, 知らず、彼に刑場に赴くを許したり、死するに臨み、彼は感ずべき言を發し、, 死をば勝利の賞として受けたり、稚き息子は、尊き遺骸の前に跪きて、幸多, 會を得たり、或キリシタンは醫師を裝ひ、同宿一名を伴ひて患者の家を〓, ゼズス會のパードレ一名は、此試錬の間、中國地方にては美作、備前、安藝、播, ゼズス會の宣教師にして日本人なるパー, ドレ・アントニオ・ゲータクは捕へらるゝ事三箇年にして、赦されて下に送, 月、, リ七月二十二日マデニ當ル, ○元和五年六月二十二日ヨ, 傳道, ヲ庇護シ, 宣教師ノ, メニ追放, 耶蘇教徒, タルガ爲, ニ於ケル, 中國四國, 廣島ニ於, 於ケル傳, 大坂堺ニ, ケル宣教, セラルト, 道, 福島正則, 師ノ捕縛, ノ説, 元和五年是歳, 三九二
割注
- リ七月二十二日マデニ當ル
- ○元和五年六月二十二日ヨ
頭注
- 傳道
- ヲ庇護シ
- 宣教師ノ
- メニ追放
- 耶蘇教徒
- タルガ爲
- ニ於ケル
- 中國四國
- 廣島ニ於
- 於ケル傳
- 大坂堺ニ
- ケル宣教
- セラルト
- 道
- 福島正則
- 師ノ捕縛
- ノ説
柱
- 元和五年是歳
ノンブル
- 三九二
注記 (37)
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