『大日本史料』 12編 34 元和六年七月~同年閏十二月 p.17

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ふるを得べき爲めなり、, 四哩半に位す、火曜日なる七月二十五日, 此の日、我等の入港に先ちて、エリザベス號は絹、獸皮、砂糖等を積載せるフ, リゲート船一隻を曳航し來れり、船員は日本人にして葡萄牙人も亦數名, したり、確實なる報告に據れば、マカオのフリゲート船が、最近に長崎に入, 二十六日、, 商館にて開催せられ、席上、薩摩海岸に近く碇泊中の船を招致すべく議決, あり、其の中二三名は修道士なり、エリザベス號も亦コチエに入港せり、聯, の加護によりて〕午後に至りて、我等は平戸の港に到著することを得たり、, 合船隊提督キャプテン・アダムスは、ムーン號にて、余に遲るゝこと約三時, りたるものなり、我等が同地よりマニラに赴くに最も適したる時期を捉, 英蘭兩國通常委員會は、平戸の英吉利, 間にして、當地に到著せり、ウィリアムジョンソンも、同じくトラウ號にて, テン・コックスは、船側に數多のフネ即ち輕舟を派して、我等を助けたり〔神, 來れり、, 我等はコチエと呼ばるゝ平戸の港に到著せり、平戸の碇泊所より南方約, キャプ, プ, 和六年七月六日二當ル, ○新暦八月五日ニシテ、元, 和六年七月七日ニ當ル, ○新暦八月四日二シテ、元, 口本船ヲ, ヲ搭乘セ, シメタル, えりざべ, 牙宣教師, す號葡萄, 曳キテ平, 戸ニ入港, 元和六年七月六日, 一七

割注

  • 和六年七月六日二當ル
  • ○新暦八月五日ニシテ、元
  • 和六年七月七日ニ當ル
  • ○新暦八月四日二シテ、元

頭注

  • 口本船ヲ
  • ヲ搭乘セ
  • シメタル
  • えりざべ
  • 牙宣教師
  • す號葡萄
  • 曳キテ平
  • 戸ニ入港

  • 元和六年七月六日

ノンブル

  • 一七

注記 (32)

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