『大日本史料』 12編 35 元和六年是歳~元和六年雑載 p.94

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の極めて熱心なる貴人によりて常に護衞せられたり、この人は、その間妻子を棄て、從者, き給ひて、未だ何人も赴きしことなき上野の沼田に於いて、新なる信徒を作らしめたり、, 一人の師父ありしが、八箇月の間醫師を裝ひて旅を爲し、身體の病を癒すことを名とし, り、彼は日本の最高君主の從兄弟なりしが、それに相應せる所領は有せざりき、又こゝに, て、信徒に聖體の祕蹟を授けて、靈魂の病を治したり、彼はその久しきに亙る遍歴中、一人, 下に、否寧ろその劒の下に在りたり、師父フェルナンデツは、この地に足を留めんと欲せ, 現れ始めしを以てなり、師父は漸く建設の緒につきたるものを打壞すこと無き樣、同地を, が、將軍の王宮を更に尊く嚴かなるものとして、以て將軍を頌へんとする爲めに、自らそ, いづれも著名の人々にして、領主の宮廷に在る者もありたり、師父は當時秀でたる血統の, しが、五十日以上滯在することを得ざりき、そは信徒が啻に迫害を蒙らざりしのみなら, 出立し、更に北方へ九日の旅路を續け、その足跡は、關東の果に及びたり、天帝は師父を導, の費用を投じて建てたる大邸宅なり、キリスト教徒は、こゝにて、野蠻なる皇帝の監視の, 尊貴によりて、日本中の最も優れたる諸侯の一人を、加賀の金澤に於いて、信徒となした, ず、知らるゝことすら無かりしに、燃え立つに隨ひて盆隱すこと能はざる靈魂の焔の漸く, に身を窶して、師父に從ひしなり、備前の岡山は、その地の領主の爲めに、〓然激しき打撃, 教徒ニ聖, 師父某醫, 體ノ祕蹟, ヲ裝ヒテ, ニ赴ク, 上野沼田, 金澤, ヲ授ク, 岡山, 元和六年是歳, 九四

頭注

  • 教徒ニ聖
  • 師父某醫
  • 體ノ祕蹟
  • ヲ裝ヒテ
  • ニ赴ク
  • 上野沼田
  • 金澤
  • ヲ授ク
  • 岡山

  • 元和六年是歳

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  • 九四

注記 (26)

  • 282,639,59,2179の極めて熱心なる貴人によりて常に護衞せられたり、この人は、その間妻子を棄て、從者
  • 974,629,57,2189き給ひて、未だ何人も赴きしことなき上野の沼田に於いて、新なる信徒を作らしめたり、
  • 511,644,58,2171一人の師父ありしが、八箇月の間醫師を裝ひて旅を爲し、身體の病を癒すことを名とし
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