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の留守居奉行となる、其後米津は泉州境の政所となり、板倉もまた京都に居す、かるか, 人連判してこれををこなふ、大事は定勝判形をくはふ、又根來百人衆をもつて、一齋に, 倉伊賀守勝重、日下部兵右衞門定好、米津清右衞門ならひに一齋仰をかうふり、伏見城, ゆへに、定好、一齋伏見城の留守居をつとむ、其後松平隱岐守定勝城代となる、公務は兩, 正頼, 屬せらる、また仰をかうふり、江州淺井郡七万石の御代官をつとめ、板倉伊賀守とおな, しく訴訟の事を決斷す, 元和六年六月二十八日に死す、歳八十三、, 成頼, 〔寛政重修諸家譜〕, 正成, 元和六年雜載, をゆるさるへし、もし恩買たらんには、黄金を賜はらハ、餘齡をなくさむるにたれりといふ、東照宮、その直言を善, に葬る、妻は熊谷若狹守直連か妹、後妻は山上淡路守, 某にたまひし宗近の刀とゝも, に、いまなを家に藏むトアリ, ○寛政重修諸家譜成瀬正一譜ニハ、元和元年、伊勢國龜山の城を守るへきの仰あり, ○寛政重修諸家譜成瀬正一譜, 藤左, 某か女、また倉賀野甚五兵衞某か姉を娶るトアリ、, 十七, しかは、正一辭し申ていふ、某すてに年老て餘年なし、こひねかはくは、守城のこと, ニハ、法名道譽、大坂の佛照寺, 衞門、, 九百四, としたまひて、黄金若干をたまふ、二年、刺髮して一齋と號す、これよりさき、正一、東照宮より眞壺をたまひ、先〓, をゆるさるへし、もし恩買たらんには、黄金を賜はらハ、餘齡をなくさむるにたれりといふ、東照宮、その直言を毒, 小吉、吉右衞門、刺髮號一齋、○正一ノ履歴略ス、前, 人正、, 掲寛永諸家系圖傳成瀬一齋傳ニ殆ンド同ジ、, 小吉、隼, 鍋助、勝吉、掃, 郡ノ代官, 城留守居, 近江淺井, 奉行トナ, 一齋伏見, ヲ勤ム, 成瀬隼人正正典か祖、別に家を興す、, 元和六年雜載, 三二六
割注
- に葬る、妻は熊谷若狹守直連か妹、後妻は山上淡路守
- 某にたまひし宗近の刀とゝも
- に、いまなを家に藏むトアリ
- ○寛政重修諸家譜成瀬正一譜ニハ、元和元年、伊勢國龜山の城を守るへきの仰あり
- ○寛政重修諸家譜成瀬正一譜
- 藤左
- 某か女、また倉賀野甚五兵衞某か姉を娶るトアリ、
- 十七
- しかは、正一辭し申ていふ、某すてに年老て餘年なし、こひねかはくは、守城のこと
- ニハ、法名道譽、大坂の佛照寺
- 衞門、
- 九百四
- としたまひて、黄金若干をたまふ、二年、刺髮して一齋と號す、これよりさき、正一、東照宮より眞壺をたまひ、先〓
- をゆるさるへし、もし恩買たらんには、黄金を賜はらハ、餘齡をなくさむるにたれりといふ、東照宮、その直言を毒
- 小吉、吉右衞門、刺髮號一齋、○正一ノ履歴略ス、前
- 人正、
- 掲寛永諸家系圖傳成瀬一齋傳ニ殆ンド同ジ、
- 小吉、隼
- 鍋助、勝吉、掃
頭注
- 郡ノ代官
- 城留守居
- 近江淺井
- 奉行トナ
- 一齋伏見
- ヲ勤ム
キャプション
- 成瀬隼人正正典か祖、別に家を興す、
柱
- 元和六年雜載
ノンブル
- 三二六
注記 (41)
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