『大日本史料』 12編 39 元和七年十一月~同年十二月 p.153

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ふならひ也、是は定て傍輩の言合ての事ならん、人の面を打ほどの心にて、名をも名のら, 仕業也、さらにかのものゝ後にあらずとて、扶持し置れけるか、其後戰場にて、大剛のはた, にもならす、いかりを押へて歸りけり、そのゝち傍輩とも、口〳〵に、樣々あしく沙汰しけ, す、惡口に逢ふてしらぬ〓をするは、人しれす恥辱をあたへたるを、勝にしたる臆病者の, と、誰返答する人もなし、亭主は是を聞て、入込の事にて候へは、あやまりて、こぶしのあた, り候事も候はんか、我らの身上のさはり也とて、甚た詑言を申けれは、裸のものをなで切, は、相手は知れさる故、外へ出て身をのごひ、衣類を著、帶を〆て、刀をはさみ、侍の意趣は, る、多く入り合の中にて、かの者面を打れて、所あしく、鼻血なかれ出る、風呂の中くらけれ, く明ける小身ものありける、傍輩是を聞て、にくみけり、或時四五人も云合て、錢湯へ入, 刀をもつて勝負をするものそ、只今こぶしをもつて我面を打たるは、女童の仕かた、大臆, んなれは、追放すべきに極りけるを、父の有樂齋聞玉ひ、高木は風に逢、勇士はねたみにあ, るを、左門聞玉ひ、この者平生の覺語よろしからざる故、我まてに恥辱をあたへたる同せ, 病もの也、心さしあらは、名乘て出よ、名乘らずは、男とはいふへからすと、のゝしりけれ, 一織田有樂軒の子息左門の家士に、常に武を心かけ、よろつの埓をよ, 〔校合雜記〕, 元和七年十二月十三日, 三十, 三, 某ト有樂, 頼長ノ家臣, 元和七年十二月十三日, 一五三

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  • 三十

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  • 某ト有樂
  • 頼長ノ家臣

  • 元和七年十二月十三日

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  • 一五三

注記 (22)

  • 521,702,61,2155ふならひ也、是は定て傍輩の言合ての事ならん、人の面を打ほどの心にて、名をも名のら
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