『大日本史料』 12編 39 元和七年十一月~同年十二月 p.235

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茶道聞書〕一人の茶之湯にならぬやうの事, 此ケ條、前段ノ自己ノ正直ノ所ヲ以テ、万〓ヲ行處ナリ、置合・點茶、万豆習得タリ〓、其趣, ヲ行ハ、人ノ茶ノ湯也、其道理ヲ辨へ、其意味ニ通シテ行カ、自己ノ茶ノ湯也、老師閑齋云, しては、運ひ茶の湯に至迄、嚴置合等相違のみ有と見へたり, 花入ヲ出シ候ニ、古織モ出サレ候ヘハ、早ヤ第二儀ニ落ヘシ、マシテ各モテハヤサレ候豆, 日ニ工夫シテ、其道理ヲ熟得翫味シテ、理ト豆ト一体ナル時、始テ自己ノ茶ノ湯ト云モノ, ク、一流悉ク相傳ヲ得タリ〓、夫ハ休師・關師・某カ茶湯也、自他諸流ヲ見聞ノ上、年ニ棟リ、, レト、數奇ニ參セスンハ、此地ニ至リ難シ、休師籠ノ花入ヲ出サレ候ヘハ、倒ノ出會ノ衆、, ナリ、大海ヲ見ルヘシ、井底ノ蛙子トナルヿナカレト云、事理一体ト云處、多ノ人ノ云處ナ, 我モ〵ト求ラレ候ヘハ、籠ノ花入一時ニ價倍々セリ、休師是ヲ聞テ、門人ニ被申ハ、某籠, 臺子の傳者多しといへとも、織田家の傳程由緒正きはなし、大かたは眞・行・草の差別なく, 比も、玄旦存命にて、其座に伺候せりとかや、京都にては祇園玄旦とて、人皆知れり、世に, 業に堪たる故に、有樂公へ召出され、咫尺して茶童と成り、三五郎殿ゟ貞翁へ臺子傳授の, 殿へ傳へ申せし也、此玄旦は元堺妙圓寺の住僧成しか、年來利休に近付て茶道を習ひ、其, 〇下略、白石先生, 紳書異事ナシ、, 百ケ, 條, ル個性, 茶道ニ於ケ, 元和七年十二月十三日, 二三五

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  • 〇下略、白石先生
  • 紳書異事ナシ、
  • 百ケ

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  • ル個性
  • 茶道ニ於ケ

  • 元和七年十二月十三日

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  • 二三五

注記 (22)

  • 1243,732,73,1169茶道聞書〕一人の茶之湯にならぬやうの事
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