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有樂公圍ノ座敷ノ内ノ杉ノケタヱンノ豆ナリ、, 〔譚海〕三四條建仁寺塔中に正傳院とてあるは、織田有樂齋の茶亭を構られし所にて、其, 墳〓も其まゝ寺に有、正傳院は有樂の法名也、茶亭のこしばりに暦の反古を用ひられたる, かけ物、風爐は飯釜の破たるに雲龍釜掛ル、しはし有て、茶菓子盆に隈葉の葉を敷て、燒, て歸侍る、今に忘れかたく思ひ出し、都の有樣哉と存, の風情えもいはれす、茶過て、炭斗持出て炭をつき、薄茶點て、茶の湯物語に數刻日を暮し, 〔東山塔頭略傳〕正傳院此院荒廢年久、世次不詳、後元和四年戊午、織田有樂居士再奧, 〔舊聞集〕上一數寄屋板疊ハ、カマチヨリ七分ハカリヒクシ、, 屬之正傳、今所現存漸臺茶室・古塔等是也、再興後定慧・普光二院輪次管之、, 飯・燒味僧出して、直ニ水差持出て、茶ヲ立る、茶入は宗旦束〓、茶碗樂燒、茶ヒ宗旦也、流石都, 院宇、先是有樂居士就正傳廢址北偏、搆其邸宅、泉石臺閣、尤極雅趣、後除邸宅之日、移其一二、, は、則元和の比の暦の切れなり、, 元和七年十二月十三日, ○下, 略, 興シ其附近, ノ反古ヲ用, 正傳院ヲ再, ニ邸宅ヲ構, 腰張リニ暦, へ林泉ヲ營, 茶亭, フ, 元和七年十二月十三日, 三〇四
割注
- ○下
- 略
頭注
- 興シ其附近
- ノ反古ヲ用
- 正傳院ヲ再
- ニ邸宅ヲ構
- 腰張リニ暦
- へ林泉ヲ營
- 茶亭
- フ
柱
- 元和七年十二月十三日
ノンブル
- 三〇四
注記 (25)
- 1060,728,65,1144有樂公圍ノ座敷ノ内ノ杉ノケタヱンノ豆ナリ、
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