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十二月八日[霜月六日〕, 十二月五日〔霜月三日〕, が、我等は追ひ付き、我等の氣付きたる時には二リーグ之を追越したり、但し、室には共に, なりき、, の小舟を送りて、乘員を救助せり、, 十二月七日[霜月五日〕, 十二月六日〔霜月四日〕, 我等は昨夜半備後の鞆を出立せり、本日, の二リーグ手前迄漕ぎ來れり、途中難破せるバルク船一隻を發見し、我等竝にオランダ人, はかなり小さき帆ならでは揚ぐるを得ざりし程の極めて強き風の中を、行程三十リーグ, にて、日沒以前に室に著きたり、オランダ人のバルク船は我等より二時間以前に出帆せし, 立し、十三リーグ漕ぎて碇泊せり、我等は津和にて宿屋に對し、又、蜜柑代として、十五匁を, て余は上陸し、〔釘、大釘及び鐵〓〕の調達に就き約定を爲したり、, 支拂ひたり、又我等が難破船より救助せる乘員には、米一袋を贈與せり、彼等は豐後の人, かくて我等は本日夜迄に十五リーグ進みたり、, 我等は今夜、靜穩なりしを以て津和を出, 我等は夜中備後の輛に到著せり、此處に, 我等は由宇を出立し、津和と稱する場所, 元和七年雜載, ○新暦十七日ニシテ、元和, ○新暦十六日ニシテ、元和, ○新暦十八日ニシテ、元和, 七年十一月四日二當ル、, 七年十一月五日二當ル、, ○新暦十五日ニシテ、元和, 七年十一月三日二當ル, 乙年十一月六日二當ル, 難船ヲ救フ, 津和地島, 鞆津, 室津, 元和七年雜載, 三七九
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- ○新暦十七日ニシテ、元和
- ○新暦十六日ニシテ、元和
- ○新暦十八日ニシテ、元和
- 七年十一月四日二當ル、
- 七年十一月五日二當ル、
- ○新暦十五日ニシテ、元和
- 七年十一月三日二當ル
- 乙年十一月六日二當ル
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- 難船ヲ救フ
- 津和地島
- 鞆津
- 室津
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- 元和七年雜載
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- 三七九
注記 (33)
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