『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.525

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三リーグなり、, 十二月一日、, 同數の船に出會しぬ、, 我等は錨を拔き、海に出でしが、風は屡變じ, 三日, て、翌朝日出の頃、平戸に著せり、日夜を通じて、行程五十五リーグに及べり、, 我等は、上ノ關海峽を過ぎし後、三リー, 我等は此日と夜に三十リーグを進めり、, ぎ進み、出發地點より五リーグなる宮ノ津に達せり、尚更に漕ぎ行くこと, に留りぬ、キヤプテン・アダムスも、同夜遲く入港せり、斯くして我等は、此日, 三十日, げて、日沒前二時間に下ノ關に著せり、天候不良なる爲め、我等は終夜そこ, 二十五リーグを航しぬ、, 二リーグなりしが、海上風波荒きが故碇泊しぬ、此日の航程七リーグなり、, 小倉の王は、皇帝訪問に赴かん爲め、帆船五十隻を從へて此地にありき、, 日出の二時間前に、我等は錨を拔き、帆を揚, グにして投錨し、暴風雨なりしを以て、終夜そこに碇泊せり、此日の航程十, 我等は、拂曉錨を揚げ、潮に乘じて漕, 二日、, ○新暦十三日ニシテ、元和, ○新暦十二月十日二シテ、元, 一年十一月三日ニ當ル, 一年十一月五日二當ル, 和二年十一月二日ニ當ル、, )新〓十二日ニシテ、元和, ○新暦十一日ニシテ、元和, 一年十一月四日二當ル, 下關著, 上關通過, 平戸著, 元和二年八月二十日, 五二五

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  • ○新暦十三日ニシテ、元和
  • ○新暦十二月十日二シテ、元
  • 一年十一月三日ニ當ル
  • 一年十一月五日二當ル
  • 和二年十一月二日ニ當ル、
  • )新〓十二日ニシテ、元和
  • ○新暦十一日ニシテ、元和
  • 一年十一月四日二當ル

頭注

  • 下關著
  • 上關通過
  • 平戸著

  • 元和二年八月二十日

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  • 五二五

注記 (32)

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