『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.459

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となった。, 乾魚の贈物を持參した。そして私は彼に酒一樽を與えた。, 分に亘って風向きは南東であった。しかし夜間は總べて靜穩であった。, めた。そして、夜遲く大坂のすぐ足許の砂洲の近くに至り、そこで朝まで碇泊していた。, が、しかしその後は靜穩となった。, その後には南東のかなりの強風が出て、日中の大部分に及び、また夜近く烈しい強風となった, 夜明け前に我々はウォシュマドから出發して、風が出て來るまで船を上の方へ向けて漕ぎ進, 二日今朝は快晴で靜穩な天氣であったが、しかし後にはかなりの強風が起り、日中の大部, 夜明けののちに我々は錨を上げて、タッカサッキーから出發したが、靜穩だったため強風の, 夜明けののちに我々は錨を上げてカミナ・セケの海峽を過ぎ、そして風が良好だったため、, 起るまで上の方へ向かって船を漕ぎ進めた。そして、このようにして三〇リーグ進んで、夜遲, 今朝は靜穩で〓い天氣であったが、その状態が一〇時まで續き、そして, 四日, 我々は三二リーグを進んで、或る灣のなかのタッカ・サッキー, と呼ぶ地に到り、投錨した。, も途中力マ〓ガレ〓滿と呼ぶ地で待っていると、そこへ、その地の我々の定宿の主人が私〓, しかも途中カマンガ, 一六一六年八月, ヽウオシュマド許で投錨した。, 曜日」とある。, ○〓外註に「日, ○高, 崎, 窓一, 大坂港外に, 高崎, 達す, 牛窓, 蒲刈, 一六一六年八月, 四五九

割注

  • 曜日」とある。
  • ○〓外註に「日
  • ○高
  • 窓一

頭注

  • 大坂港外に
  • 高崎
  • 達す
  • 牛窓
  • 蒲刈

  • 一六一六年八月

ノンブル

  • 四五九

注記 (31)

  • 1771,614,48,229となった。
  • 1348,610,57,1375乾魚の贈物を持參した。そして私は彼に酒一樽を與えた。
  • 1139,613,59,1700分に亘って風向きは南東であった。しかし夜間は總べて靜穩であった。
  • 302,625,59,2130めた。そして、夜遲く大坂のすぐ足許の砂洲の近くに至り、そこで朝まで碇泊していた。
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