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間に亘って續いた。, に變った。そしてその状態が終日及びその後の夜間に亘って續き、乾燥した天氣であった。, 嶋に來て投錨し、そして日中の殘りとその後の夜間を通じてそこに滯留した。北東の烈しい強, 我々は今朝、午前六時ごろ江戸への我々の航海の途に就いた〓, 二十五日今朝は快晴の天氣で、なお東の烈しい強風があり、風向きはその後さらに北寄り, 風が吹き續け、海が高波となったからである。我々は夜通し陸上に泊っており、宿に一二〇匁, を與えた。ここまでに二二リーグやって來たのである〓, 我々は朝のうちにアヌシマから出發して、アヌシマから三リーグ、シミナセアケまで一九リ, きも變り易く、こうして正午ごろには北東の風となり、そしてその状態が終日及びその後の夜, へ向かった。この地で我々は、小さなシナのジャンク船, 夜半ごろ我々はラングウェイから出發し、今日正午にはファカタイのアヌシマ, に來て投錨した。, 〓二十四日今朝は快晴の天氣で、南の風が吹いていたが、しかし長くは續かず、その後風向, ったが、上工は終日ともに, そして夜には、平戸から一三リーグ先の町、ラ〓グウェイ, と呼ぶファカタの本土にある一港一, ーグのところにあるチュイアサク〓, 〓燥した状態であり、その後の夜間も同樣であった。, という, 詞コ・ジョ。, その從者ミゲル、キング、及び通, ○名護, ○〓外註にはチュイア, ○〓外註に「ラングウェイからアヌシ。, 行にはコックスのほかニールソ, ワクィの代りに「ワ", 屋。, an'sh)まで二二リーグ」とある。, 屋崎に舟を置いて渡に宿泊したのであろう。, タリwattary](渡)の地名を記してある。津, ンがいた。, ○津屋, 崎, (the iland of anushma in faccatay), に至り上陸, して渡に宿, 博多津屋崎, 博多相ノ嶋, 行江戸へ向, コックス一, 泊す, 名護屋, け出帆す, 一六一八年八月, 字衍か, 四〇五
割注
- 詞コ・ジョ。
- その從者ミゲル、キング、及び通
- ○名護
- ○〓外註にはチュイア
- ○〓外註に「ラングウェイからアヌシ。
- 行にはコックスのほかニールソ
- ワクィの代りに「ワ"
- 屋。
- an'sh)まで二二リーグ」とある。
- 屋崎に舟を置いて渡に宿泊したのであろう。
- タリwattary](渡)の地名を記してある。津
- ンがいた。
- ○津屋
- 崎
- (the iland of anushma in faccatay)
頭注
- に至り上陸
- して渡に宿
- 博多津屋崎
- 博多相ノ嶋
- 行江戸へ向
- コックス一
- 泊す
- 名護屋
- け出帆す
柱
- 一六一八年八月
- 字衍か
ノンブル
- 四〇五
注記 (46)
- 1276,616,53,449間に亘って續いた。
- 647,621,57,2196に變った。そしてその状態が終日及びその後の夜間に亘って續き、乾燥した天氣であった。
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- 1694,670,68,1517我々は今朝、午前六時ごろ江戸への我々の航海の途に就いた〓
- 752,678,58,2221二十五日今朝は快晴の天氣で、なお東の烈しい強風があり、風向きはその後さらに北寄り
- 962,614,58,2284風が吹き續け、海が高波となったからである。我々は夜通し陸上に泊っており、宿に一二〇匁
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- 542,670,55,2218我々は朝のうちにアヌシマから出發して、アヌシマから三リーグ、シミナセアケまで一九リ
- 1381,619,60,2282きも變り易く、こうして正午ごろには北東の風となり、そしてその状態が終日及びその後の夜
- 336,1496,53,1403へ向かった。この地で我々は、小さなシナのジャンク船
- 1169,673,57,1936夜半ごろ我々はラングウェイから出發し、今日正午にはファカタイのアヌシマ
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