『大日本史料』 12編 43 元和七年雑載 p.221

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役所となる、, の米藏あり、今はなし、北に高瀬船運上の役所あり、備前代のとき、假屋の住人前川新, 人舊宅のあたりは、浮田閑心下屋敷の地なり、閑心は直家の家老四人の内の一人、左京, きて、假屋に入る、長直公の時に至つて、周世根木の船渡しの處より、是を引く、今は, 亮のこと也、赤穗守護のために來て、居住したると見へたり、村の南〓の外に、輝興公, 目を以て是を請く、其後又坂の同所町人徳屋與左衞門といふ者、當村の庄屋松本惣左衞, 右衞門良安、是をつとむ、長直公の時に至て、大坂若井屋久右衞門といふもの、銀五貫, 門といふもの兩人、銀八貫目を出して請く、後に又、惣左衞門一人となり、其後、今の, 又木津村の前より引く、此故に切り拔きの水は、目坂木津の田地に灌くのみ、, 人家なし、長直公の時、明石與治右衞門奉行して、新町を作る、永應寺より東、余か先, 也、道は池田家より始る、垂水半左衞門、根木村の山を切り拔き、周世川の水を導, 中村元和七年、假屋大火の時、類燒す、垂水半左衞門、町並を作る、永應寺の北、始は, 附, を以て、公の深慮を感す、九軒町・新町之長直の時より始□、新町は昔の長池の地, を以て、公の深慮を感す、九軒町・新町之長, 〓根木村の山を切り拔き、穴の長五十二間、山の高二十, 一間、慶長十九年始り、中一年有て、元和二丙辰年終ル, ○下, 略, 高瀬船運上, 役所, 中村, 元和七年雜載, 二二

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  • 〓根木村の山を切り拔き、穴の長五十二間、山の高二十
  • 一間、慶長十九年始り、中一年有て、元和二丙辰年終ル
  • ○下

頭注

  • 高瀬船運上
  • 役所
  • 中村

  • 元和七年雜載

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  • 二二

注記 (24)

  • 264,581,55,299役所となる、
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  • 1514,576,65,2131きて、假屋に入る、長直公の時に至つて、周世根木の船渡しの處より、是を引く、今は
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