『大日本維新史料 編年之部』 1編 4 弘化4年2月~同年3月 p.761

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は報恩舍、また報國恩舍、また知非齋ともいへり、, 〔御用日次〕, 摸國鶴間村北島林右衞門女也、素讀手習の師は、順徳といへる浪人也、父の家の食客なり, き、後に漢學の師は古屋十次郎鬲也、鬲は熊本侯の教授にて、肥後人也、日本橋大工町新道, となる、八丁堀地藏ばしに住、乳母は小山田村の百姓伊左衞門が妻にて、名をカナといへ, に家居せり、和學の師は村田平四郎春海也、春海は小舟町ホシカ問屋也、後に白河侯の臣, 名號與清、幼名を寅吉といひ、後に虎之助貴長といふ、また仁右衞門と改、高田の家を繼, て庄次郎與清といふ、後字を正に改て、正次郎といひ、また茂右衞門と改、今は六郎左衞門, 恩人與清父母の恩はさらにもいはず、繼母の養育にてひととなれり、繼母名は喜能、相, といへり、字は文儒、號をはじめ玉河亭といひ、また樂山堂といふ、後に松屋と改む、別號, り、, 三月廿七日、午、晴, 參内、皇太后册立ヲ賀ス, 〔松屋筆記〕, 二十七日, 〓幕府ノ使者宮原義直, 東京帝國大學所藏本, ○徳大寺實堅武家傳奏記録, 攝津守, ○高家, 丙, 午, 弘化四年三月二十七日, 七六一, 弘化四年三月二十七日

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  • 東京帝國大學所藏本
  • ○徳大寺實堅武家傳奏記録
  • 攝津守
  • ○高家

  • 弘化四年三月二十七日

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  • 七六一
  • 弘化四年三月二十七日

注記 (25)

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