『大日本史料』 12編 44 元和八年正月~同年六月 p.373

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

勘兵衞殿早之大炊頭殿へ被申上候二付、翌朝大炊頭殿登場、御湯殿にて被仰上候へは、, 申含、此殿之事二付御用向は、勘兵衞殿へ可申上旨、大炊頭殿御内こ御差圖有之由二相, 事に候、いつれも相悦ひ、夜中なから助兵衞義、町御奉行米津勘兵衞殿へ披露に及ひ、, 成計ひ之由、密とに沙汰せられし故、彌この助兵衞宅を宿と定め、奧の間を補理し、御, 殿へ御渡なされ、勘兵衞殿御受取、助兵衞へ被相渡候に付、則差上之、且御名をは幸松, 様と、御内之被進候、成程御馳走いたし、穩便に御養育可仕由、勘兵衞殿、助兵衞へ被, 成候を見申に、殿の御子にて被成御座候、是慶長十六年辛亥五月七日之夜、四ツ時過之, にも叶ふらめと申、御姉聟竹村助兵衞次俊, 産所とし、お靜の方を忍はせ、懇に介抱し、月のつもるを皆と相待居、無異義御誕生被, 聞候、頓而與左衞門は、家に持傳たる備前康光作之小脇指を御守刀に差上、御乳は助兵, 宅へ引取候之付、諸親類まて、追之是に同意いたし候、且又土井大炊頭殿もいかにも尤, 御覺有之由之上意にて御召料御紋之御服、御祝ひ被進候との御事にて御手つから大炊頭, 之、此頃助兵衞は、神田白銀町、四條與左衞門と申者之屋敷を借居候處、隔意中募、其, まても、無是非事に候、いかにもして御子様計は、目出度そたて上け奉りてこそ、天道, といふも、此上有之間敷由申, 元和八年五月九日, 是も北條家之舊, 臣之よしに候、, 土井利勝, 幸松生ル, 米津田政, 竹村次俊, 元和八年五月九日, 三七三

割注

  • 是も北條家之舊
  • 臣之よしに候、

頭注

  • 土井利勝
  • 幸松生ル
  • 米津田政
  • 竹村次俊

  • 元和八年五月九日

ノンブル

  • 三七三

注記 (24)

  • 913,728,73,2058勘兵衞殿早之大炊頭殿へ被申上候二付、翌朝大炊頭殿登場、御湯殿にて被仰上候へは、
  • 453,719,70,2096申含、此殿之事二付御用向は、勘兵衞殿へ可申上旨、大炊頭殿御内こ御差圖有之由二相
  • 1030,732,69,2054事に候、いつれも相悦ひ、夜中なから助兵衞義、町御奉行米津勘兵衞殿へ披露に及ひ、
  • 1372,737,73,2095成計ひ之由、密とに沙汰せられし故、彌この助兵衞宅を宿と定め、奧の間を補理し、御
  • 681,721,74,2095殿へ御渡なされ、勘兵衞殿御受取、助兵衞へ被相渡候に付、則差上之、且御名をは幸松
  • 566,726,71,2090様と、御内之被進候、成程御馳走いたし、穩便に御養育可仕由、勘兵衞殿、助兵衞へ被
  • 1141,737,73,2091成候を見申に、殿の御子にて被成御座候、是慶長十六年辛亥五月七日之夜、四ツ時過之
  • 1729,747,63,1013にも叶ふらめと申、御姉聟竹村助兵衞次俊
  • 1254,734,76,2094産所とし、お靜の方を忍はせ、懇に介抱し、月のつもるを皆と相待居、無異義御誕生被
  • 337,724,71,2088聞候、頓而與左衞門は、家に持傳たる備前康光作之小脇指を御守刀に差上、御乳は助兵
  • 1489,738,75,2093宅へ引取候之付、諸親類まて、追之是に同意いたし候、且又土井大炊頭殿もいかにも尤
  • 795,728,75,2088御覺有之由之上意にて御召料御紋之御服、御祝ひ被進候との御事にて御手つから大炊頭
  • 1602,737,76,2090之、此頃助兵衞は、神田白銀町、四條與左衞門と申者之屋敷を借居候處、隔意中募、其
  • 1835,750,72,2088まても、無是非事に候、いかにもして御子様計は、目出度そたて上け奉りてこそ、天道
  • 1717,2147,57,688といふも、此上有之間敷由申
  • 242,719,43,341元和八年五月九日
  • 1754,1765,42,361是も北條家之舊
  • 1711,1764,42,317臣之よしに候、
  • 1524,325,42,167土井利勝
  • 1288,321,40,159幸松生ル
  • 1061,314,41,167米津田政
  • 1749,325,38,170竹村次俊
  • 242,719,42,341元和八年五月九日
  • 229,2439,44,120三七三

類似アイテム