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〔吉田文書〕, 年法印に敍す、のち大坂兩度の御陣にも從ひたてまつり、元和二年、東照宮の御遺, 物紫銅獅子の香爐・螺鈿の沈箱・時服・黄金等を賜ふ、のちまた京師に住し、隔年, 劑方四卷・本草和名二卷・醫學類聚等の書を撰す、八年六月廿七日死す、年三十, に參勤す、三年八月二十四日、采地の御朱印を下さる、これよりさき、吉氏家傳和, 種の藥性をとはせたまふのところ、其功用を詳に言上せしかば、頗尊慮にかなふ、, 慶長十五年遺跡を繼、侍醫となり、駿府にをいて仕へたてまつる、このとき、父か, 遺物杜氏通典一部・奇效良方一部を獻じ、台徳院に千金方一部をたてまつる、十八, 九、法名如見、妻は織田家の臣柴山監物某か女、, 吉皓幼少のとき、はじめて東照宮にまみえたてまつり、のち御前にをいて、試に數, ○京都大學, 文學部所藏, 大坂ノ陣ニ, 家康秀忠ニ, 從軍ス, 駿府ニ侍ス, 父ノ遺物ヲ, 宗皓ノ著述, 隔年參覲ス, 宗皓ノ事蹟, 京都ニ住シ, 獻ズ, 享年, 妻女, 元和八年六月二十七日, 二〇五
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- ○京都大學
- 文學部所藏
頭注
- 大坂ノ陣ニ
- 家康秀忠ニ
- 從軍ス
- 駿府ニ侍ス
- 父ノ遺物ヲ
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- 宗皓ノ事蹟
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- 獻ズ
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- 元和八年六月二十七日
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- 二〇五
注記 (26)
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