『大日本史料』 12編 45 元和八年六月~同年七月 p.353

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

よ、現在此處に在るパードレ等は、我等の救濟に盡して、贖罪の聖なる果實を採入れ、, 又諸人に木石の偶像を棄てゝ、眞のデウスを崇拜せしめんが爲めに、救世主キリストよ, 此の時、剛毅なる船長は、國語に慣れざるパードレ等の勸めに從ひ、最後の演述を行ひ, る處無かりき、迫害者等の惡魔の如き豫想は其日の内に見事に裏切られたり、, 刑吏等は、パードレ等を縛して後、ヨアキムに近附きしが、彼が其の刑柱を確かめ、兩, 嘆せしめたり、, んが爲めに、限り無き苛責にも堪へて、十字架上の死を享けしなり、嗚呼、日本の人々, に滿ちたり、人の子キリスト現れて人間となれり、彼は人類を救濟し、其の病疾を癒さ, の慣習に依れば、榮譽の座に、パードレ・フロレス、右にはヨアキムを配したり、, 足にて土を踏固め居るを見出したり、そは實に英雄的なる行爲にして、總ての人々を感, 刑柱間の距離は一尋半にして、中央にパードレ・ド・ツニガを置き、其の左、即ち日本, たり、彼は性不屈の人にして、體〓は稀少なれども精神は廣大なり、彼の演述の要旨は, れども、病人にとりては闕くべからざるものなり、此の世は罪惡の結果に依りて虚弱者, 今も, 傳存せられたり、曰く、醫師は健康なる人々にとりては不要な, ○本書、一八六九年即チ明, 治二年ノ刊行ニカヽル、, 常陳ノ演述, 土ヲ踏固ム, 常陳刑柱ノ, 元和八年七月十三日, 三五三

割注

  • ○本書、一八六九年即チ明
  • 治二年ノ刊行ニカヽル、

頭注

  • 常陳ノ演述
  • 土ヲ踏固ム
  • 常陳刑柱ノ

  • 元和八年七月十三日

ノンブル

  • 三五三

注記 (22)

  • 445,654,87,2214よ、現在此處に在るパードレ等は、我等の救濟に盡して、贖罪の聖なる果實を採入れ、
  • 332,652,82,2239又諸人に木石の偶像を棄てゝ、眞のデウスを崇拜せしめんが爲めに、救世主キリストよ
  • 1153,658,89,2247此の時、剛毅なる船長は、國語に慣れざるパードレ等の勸めに從ひ、最後の演述を行ひ
  • 1862,670,78,1991る處無かりき、迫害者等の惡魔の如き豫想は其日の内に見事に裏切られたり、
  • 1739,669,88,2249刑吏等は、パードレ等を縛して後、ヨアキムに近附きしが、彼が其の刑柱を確かめ、兩
  • 1539,664,54,360嘆せしめたり、
  • 561,657,89,2236んが爲めに、限り無き苛責にも堪へて、十字架上の死を享けしなり、嗚呼、日本の人々
  • 680,655,93,2249に滿ちたり、人の子キリスト現れて人間となれり、彼は人類を救濟し、其の病疾を癒さ
  • 1275,665,87,2105の慣習に依れば、榮譽の座に、パードレ・フロレス、右にはヨアキムを配したり、
  • 1622,665,88,2253足にて土を踏固め居るを見出したり、そは實に英雄的なる行爲にして、總ての人々を感
  • 1388,667,87,2243刑柱間の距離は一尋半にして、中央にパードレ・ド・ツニガを置き、其の左、即ち日本
  • 1036,664,87,2242たり、彼は性不屈の人にして、體〓は稀少なれども精神は廣大なり、彼の演述の要旨は
  • 796,660,93,2249れども、病人にとりては闕くべからざるものなり、此の世は罪惡の結果に依りて虚弱者
  • 956,655,53,108今も
  • 916,1289,84,1620傳存せられたり、曰く、醫師は健康なる人々にとりては不要な
  • 973,773,52,512○本書、一八六九年即チ明
  • 931,769,47,439治二年ノ刊行ニカヽル、
  • 1199,317,43,217常陳ノ演述
  • 1741,325,39,207土ヲ踏固ム
  • 1783,326,42,207常陳刑柱ノ
  • 246,726,49,386元和八年七月十三日
  • 224,2420,45,123三五三

類似アイテム