『大日本史料』 12編 47 元和八年八月 p.24

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謝の浦を詠ぜし古歌の類を、あまねく集めしるすべしといへり、, すと、古老も物語に承り侍りぬ、細川公入國より此時までは館有之、田邊より長臣の, くこらしめ給ひ、國家の安靜豐饒をいのられ、それより立歸られ、また船にのり、橋立, あらめと打わらわせ、程なく切戸の磯に著せ給ひ、先文殊大士を拜覽ありて、信心を深, 後十二年を經て、寛永十三丙子年に至て、城郭盡く出來、侍屋敷・町肆まで殘らず成就, くして、今爰に來る事常ならざれば、詣でゝ拜禮いたさんとて、新艘に艤し、舟幕たか, くしぼりあげ、金崎おもてを漕出し、由良の鹽濱見渡して、攝州須磨の浦屋もかくこそ, の島に船を漕よせさせ、好景に感動せられ、此郷は北荒といへども、かくたぐひなけれ, 内更代して近郷の政事を執行ひしとなり、米田壹岐・長岡監物・石井五右衞門抔云者, ばこそ、歌人の言の葉にいりし事、まことにかぎりなし、此國を領してありながら、昔, 來りし由、古記に見へたり、, よりいひ傳へし古き哥をしらざるも本意なきわざなれば、田邊に歸なば、むかしより與, 同明年四月中旬、先領内の靈跡、殊に日本の三文殊といへども、偏切戸文殊に法縁あつ, 高知參詣宮津文殊事, 〔丹後田邊府志〕, 元和八年八月十二日, 卷之, 二カヽル、ナホ、高知、智恩, ○下略、與謝浦ノ古歌ノコト, 二, 殊ニ詣ス, 高知切戸文, ニ入リ高廣, クトノ説, 宮津城ヲ築, 二四

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  • 卷之
  • 二カヽル、ナホ、高知、智恩
  • ○下略、與謝浦ノ古歌ノコト

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  • 殊ニ詣ス
  • 高知切戸文
  • ニ入リ高廣
  • クトノ説
  • 宮津城ヲ築

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  • 二四

注記 (26)

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