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く、最早、前度諸臣に訓教ありし言葉は遺言となりて、在世二十一年使君たりし事も僅, しからば、たゞ諸臣たるもの、忠信あつくして、我家に輔佐し、汝の子孫を保んぜよと, すくなくして、長安に謀反せしゆへ、參合といふ所にて、將軍柴武に撃斬れて果てぬ、, ありしが、唯三四日を歴て、忽に病床に臥し給ひ、醫療をつくすといへども、其驗しな, 帝も宣へり、是臣たるものゝ雄名にして、かくこそあらまほしきものなれ、韓信がごと, くおさめ給ひしを見るに、明主の徳とはいひながら、其良臣ありし事を考見るに、張良, は籌略によろしく、蕭何は國家を〓め、樊噌は敵をやぶり、韓信はよく軍法を申べ、張, き、一旦は漢家に功勳をほどこし、淮陰を領して准陰侯と封ぜられしも、淳信のこゝろ, 事、史記評林はさる事なり、其餘におよぶ書なし、先前漢の高皇帝の天下を取りて久し, し、彼黨の中にも、周勃は純粹の氣性にして、忠義の心は高天を穿ち、厚地を實貫く程, くはなし、このゆへ其書言こ理に叶ひ、事こ法にしたがひ、文章もまた實にして華なる, の篤信ありしゆへ、たとひ文はうすくとも、劉氏を安ずべきものは周勃ならんと、高皇, 蒼は章程を定め、叔孫道は禮儀を整へ、曹參、劉賈、陳平、盧綰、彭越、其餘かぎりな, 十卷百九十五年の事實を記したり、震旦開闢以來國家の安靜におさまりし事、此時にし, 周勃ト韓信, トヲ比較シ, テ忠信ヲ諸, 臣ニ求ム, 元和八年八月十二日, 二九
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- 周勃ト韓信
- トヲ比較シ
- テ忠信ヲ諸
- 臣ニ求ム
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- 元和八年八月十二日
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- 二九
注記 (20)
- 350,672,59,2243く、最早、前度諸臣に訓教ありし言葉は遺言となりて、在世二十一年使君たりし事も僅
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